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o2crewタイトル 鉄道会社の公式サイトとしては快挙か、それとも…。

大津線を支える男たちのホンネ、裏話、ちょっといい話。みんな「俺が大津線を動かしているんや!」という気概のある鉄道員たちですよ。

第25回: 運輸課 大津列車区長 兼 大津線管区駅長 山本秀雄
バックナンバー
第24回: 技術課電気係 吉本雅博
第23回: 渡辺車輌工業株式会社 錦織営業所 所長 樋口明嘉さん

第22回: 技術課 工務係 田口之亮

第21回: 運輸課 スタッフ 萬宮善彦
第20回: 技術課 電気係 小原啓太郎
第19回: 技術課 車両係 長田孝
第18回: 運輸課 大津列車区 特別篇「見習運転士奮闘記」
第17回: 運輸課 ステーションスタッフ 佐藤由香利
第16回: 技術課工務係 池田忠
第15回: 大津運輸部部長 兼 運輸課長 宮川豪夫
第14回: 運輸課 主任 井上保雄
第13回: 技術課電気係 スタッフリーダー 矢野幸夫
第12回: 運輸課課長補佐 大津列車区長 兼 大津線管区駅長 山下充美
第11回: 技術課車両係 特別篇「ミニ電車奮闘記」
第10回: 技術課 工務係 班長 岡田周二
第9回: 運輸課大津列車区 運転士 井上広幸
第8回:技術課電気係 班長 高木英雄
第7回:運輸課 運転指令長 平尾隆
第6回:運輸課 課長補佐 兼 運輸係長 永原光一
第5回:運輸課ステーションスタッフ 宮田将史
第4回:技術課工務係 大宮茂樹
第3回:技術課電気係 奥田尚徳
第2回:運輸課 首席助役 稲田三代司
第1回:大津運輸部部長 木村浩一
「大津の工務のチームワークは自慢や。仕事が気持ちええ」
技術課工務係 班長
岡田周二

不純な入社動機!?

−今は夜勤の宿直ですね。

 はい、17時15分から、翌朝の8時15分まで詰所で軟禁・拘束されてます。どこにも行けへん。

−出動がなければいいんでしょうが、いざ鎌倉というのは、どういう時なんでしょうか?

技術課工務係 班長 岡田周二 あったらアカンけど、事故で出ていくのは少ないですね。台風とか地震とか。昔は京都市内で路面電車走ってましたやろ。ホームに車が当たったとか、ようあったわね。まあ、何もない時は、なーんもあらへん。
 私、1979(昭和54)年入社やさかい、ここに来て12月で丸25年。1年以上出たことはない。ところが、当たる人は当たりますわ(笑)。月に2回も3回も出動する人も居てはります。

−設備の仕事など、電気係と工務係の範疇はどこで線が引かれているんでしょう?

 中から見たらはっきりと、あれは電気、これは工務となってるんやけど、そういえばその基準は説明しづらいわな。どっちも、昔から縁の下の力持ちと云われてるさきぃ、ウチらもレール替えとかもしてるけど、知らんはわからんもわやんね。夜中の仕事ばかりやさきね。

−大ベテランとお見受けしましたが、入社が1979(昭和54)年とは意外ですね。まあ、ベテランでしょうけど…。

 実は私、中途入社なんですよ。

−あら、それは珍しいですね。京阪の前はどちらに?

 農機具屋で、営業してました。

−なぜ京阪に?

 お百姓さん相手は夜が遅い、朝が早い。農繁期云うのがありますね。田植えと稲刈りの時は寝るヒマないんですよ。「明日使うさかい、明日までに仕事せえや」と。とりあえず休みはなかった。休みしていたら、お客さまは農繁期に仕事できませんわね。休みナシでお客さまのために仕事やってた。それがイヤでね、ぶっちゃけた話。そのときは若いさかいね、遊びたいし。

 「機械つぶれたら、明日ワシ休みやし、直してくれや」自分のお客さまは大事にしていこう思うと無理を聞いてかなしょうがないって云う。自分のお客さまがよそに逃げていくさかい…。
 若いときやさかい、友達はみな土日休みですよ。ワシら土日休んでいたらお客さまなくす、友達と遊べんさかい。

−はあ。でも、それで京阪電車に来てみても、寝られるようになったとは思えないんですけど…。

 入ってみてからね、余計寝られへん(笑)。土日はとりあえず休みですが、交代勤務で出ますけどね。でもね。今から思たら、こっち入れてもろてよかったな、思いますね。

−では、転職は成功だったんですね。

 そやね。

−保線要員を募集していたんですか?

 途中入社さかいに、大津で保線の人が足らんと。入社してから保線一筋です。工務係で、四宮の詰所におるモンは大体現場の担当。たまに事務整理したりするくらいで。

−思い出深い現場はありますか?

 いちばんは京都の路面やね。25年間の中で、併用線をずっと担当してきました。ところが、一生懸命やってきたところが、今は何もない。なんか、せぃがないなあと。京都班、大津班、石山班、坂本班の4個班に分かれて、順番にぐるぐる回ったりしてたんですわ。今はひとつしかありませんけどね。私は、ほとんどずっと京都班でした。

 それが、今、四宮に残っとるのは工務係の詰所だけ。変電所も無人になったし、車庫も留置線で今は無人。電気係も滋賀電気詰所に集約。昔はこの下に居はったさかい。人間も大分変わったしなあ。私が来たときは、工務だけで50数人いました。今は係長以下12人。

−あれから7年が経ちます。

 切り替えのレール切って、地下線とつないだな。思い出より、今日まで自分がやっていた上の方に電車が走らなくなって、下に入ってく。
 寂しい思い出しかしてへんな。準備してるとき、ああ、なくなるんやな、って…。地下の単線区間に入ってしもたら上りか下りかも分からへん。

−御陵からのトンネルのねじれた4連シールドは…。

 凄い工事やってたけどね。あんなトンネルほかにないやろ。

チームワークの醍醐味

−仕事をする際に、特に心がけている点などはありますか?

とりあえず安全第一でやるのがモットーですね。ケガしたらアカンし、させてもアカン。二人で仕事して、指導してても一緒ですね。口だけでは分からへんから、相手に気遣いを持って、自分でこうせい、ああせい云うよりも、お互いにああしよか、こうしよかと。チームワークが一番ですわ。チームワークがなかったら仕事になりませんな。みんなが、さ、やろか云うて、みんなの気持ちがひとつになったら仕事も速いし、安全や。工務は一人で作業できひん。お互いに気が合わへんとケガのもと。

 最初はスローで始めて、ウォーミングアップしながら仕事始めます。だんだん波長があって来るというか。仕事は一緒やし、プロやからそんなに時間はかからへんけどね。

−その波長が合う瞬間って、わかります?

 わかるわかる。気持ちよく行く瞬間、流れが変わる。言葉で云えんけど。コイツと仕事やっていて楽しい、そういう瞬間ってあります。それは気持ちええで。そういう瞬間を求めて仕事している。二人がイヤイヤ仕事していたら仕事できひんし。チームプレーの醍醐味やね。それはいちばんええなあ。それがなかったら仕事できんわ。

 バラバラやったら仕事がかなりスローになるさかい。もうあうんの呼吸やな。もういつもやっとるさかいに、言葉出さんでも、アイコンタクトで進んでいける、それは大きいな。
 この暖かさはね、大津の工務のええとこですわ。よそと違うとは云わへんけど、ウチのチームワークは自慢できるで。同じ釜の飯を食う仲間や、お互いに信頼しとるさかいに、パートナー組んで長いし、一番ええことや。

−天下一品と評される大津線の乗り心地の秘訣はチームワークと。

 昔はつり革が荷棚にがちがち当たってたけど、今はそんなとこあらへん、揺れも少ない。地下も入れば併用軌道もあるきに、そりゃ技術は上達するわね。保線て、奥深いな。道路でも、運転してて分かるやろ。

 昼歩いて音聞いたり、目視確認したり。年数での工事やなくって、状況を逐一チェックして、それでやっていく。本当に職人芸の世界ですね、特に大津は。今は工事がごついさかい、業者が入ってくる。今までは頭数いたさかい、できることは全部やってた。

 よその電車乗ったら、よう整備しとるなあとか、ウチの方が整備に手えかけてんなあ、と思ったりします。よその路線乗ると、整備の状況は身体で分かるし、気になるもんね。ま、新幹線には勝てへんわ。整備の基準がちゃいすぎる(笑)
 大津の線路も昔と比べるとカネかけとる。電車も昔からカネかかってるけどな。地下から併用線まで、全部対応するきに。

−そういえば、この前、京津線は変化に富んだ路線として、新聞載ったんですよ。

 ほんまか!! 悪いことはすぐに耳に入るけど、ええことはあまり聞かへんな(笑)。

−浜大津の併用軌道でブロック化の工事をしてますね。

 舗装から全部やり変える。何十トンて云うごっついトレーラーがばんばん走るやさきぃ、悪うなるの当たり前やもんね。今度はまた、レールも変えてます。
 浜大津は乗り心地もようなるし、音もせえへんようになる。11月には終わると思いますわ。楽しみにしててください。風景がごろっと変わると思うさかいに…。

浜大津軌道工事
完成近い浜大津軌道改良工事
浜大津の軌道強化工事は、間もなく終わり。乗り心地が改善され、低騒音化も実現します。

大津線の個性

−仕事していて辛い瞬間はありますか?

 入社したときは、メットかぶって友達に会うのはちょっとイヤやったね。可哀想やな思われたりして…。ボクが逆の立場屋ったら可哀想やな思うしね。云われるとちょっと嬉しいけどな。(苦笑)

−暑いんですよね。皮膚呼吸しにくいし。

 メット暑いな。はげるしな(笑)。もうちょっとエエもんないかな。ただ、アレかぶらな、仕事になれへんし。まあ自分の身を守るためにかぶっとんやね。人のため違うわな。アタマごちんしても痛くないしな。

運転台に座る岡田 電動貨車の122号は横にボックス着いてますやろ。あれとか屋根の桟とかは、ようアタマぶつけたな。あんな恥ずかしい電車、よう持ってたな(笑)。昼間にアレで砕石載せて、帰りに九条山。昔やからできたんやな…。
 今はモーターカー。たまに自分でも運転するで。122号は運転士と車掌が乗っとったけど、自分で運転するのも楽しいで。

モーターカーと三転ダンプトロ
モーターカー運転台
モーターカー。岡田が座っている運転台を、大津線感謝祭にお越しになれなかった方のために写真で公開します。
−122号の台車は、アメリカの博物館に寄贈されて、今でも古い電車に履かれて走っているんですよ。

 台車だけか。あのまま走らすと面白いのになあ。それでも大したもんやなあ。ちょっと行ってみたいなあ。あれはよう気張ったなあ。技術課の社員旅行で行きたいなあ。

−社員旅行って、どこに行くんですか?

 慰安旅行、もう4,5年経つな、なくなって。大体、伊勢や、北陸が多かったなあ。結構ええ旅行やったな。みんな毎月ちょっとづつ積み立てて。技術課として行きましたわ。電気は電気、工務は工務で。

−楽しかったでしょう?

 そら遊びに行くんやから、楽しにきまっとる。昔はよう呑んだな。課長や係長、関係なく、ほんまもんの無礼講や、なんでもありやな。
 今までは人が多いさかい、半分づつ行けたけどね、今は人が少ないから行けんさかい。最近は呑むのも少ないかな、あまりみんな呑まへんもんな。昔は「呑め呑め呑め呑め」やけどな。そうやって酒を教えてもろたんやな。
 今は若いのが多いさかい、そうはせんわな。賢うなったのかは知らんけどな。保線から酒から何でも教えてもらえた。

−旧き佳き男社会だったんでしょう?

 男の世界ですな。ええ思い出や。幹事すんの一番イヤやったけどな。昔は酒代残しとかなあかんし。泊まりは値段決まってるさき、帰りカネ集めるわけにいかんしな。
 昔は先輩は恐い人ばっかりやったな。怒られるときは怒られたな。年寄りはケンカしてた。軍隊にいた人もおったし、もうみんな亡くなってはるか。定年すると早死にするのか、仕事がなくなったらアカンのやろかな?

−そうですか。他にも楽しいエピソードがいっぱいありそうですね。

 沿線の人と仲良うなったりします。工事している間には迷惑かけるさかい、「ご苦労さんです」云うてくれはる人もいるし、怒らはる人もおるけど。「ご苦労さんです」云うてくれたらホンマ嬉しいな。これも仕事なんやけど。
 子供はよう見てますな。「何してんの?電車にひかれるで」って(笑)。親がついてると、「この人らはこんな仕事してはるんで」って教えますけどね。

−子供は歩いてみたいんでしょうかね、線路を。

 「線路は続くよどこまでも」ってええ歌やな。ウチはあかん、すぐ終点や。昔は京津線と本線とつながってたのにな。なんでやろ。今でもつながってたら面白いわな。今も800系が淀屋橋まで行けたらおもろいやろな…。

−そうですね。

 ほんま、もっと電車乗ってや。電車乗ってもらわんと僕らもクビになる。併用軌道あっても時間には正確やし。お客さまに乗ってもらえるようにこっちも作業してるんやし。安心して乗ってもらえるように日々精進してますわ。

電動貨車122号
浜大津の路上を往く、懐かしの電動貨車122号。

 いかにも保線担当という風格を漂わせる岡田は、後輩の工務係員からも慕われる、まさに「気はやさしくて力持ち」のレール・ガイ。保線への情熱を、一緒に働く仲間への共感が支えています。大津線感謝祭で岡田は、モーターカーや三転ダンプトロをご説明しておりましたが、お客さまとふれ合えることを誰よりも喜んでいたのは、安全・快適を支えるためにがっちりと2本の線路を支える岡田たち、現場の工務係だったのかもしれません。

 次回のo2crewは、技術課車両係の特別篇「ミニ電車奮闘記」をお送りします。どうぞご期待ください。


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