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ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。

第12回: 末富孝也さん
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第2回: 高阪真希さん
第1回: 篠原資明さん

 「三条 四宮」の標識をつけて東山の坂を越え、1997(平成9)年、地下鉄東西線開業と同時に引退した懐かしい京津線の名車、80形電車。全16両のうち、14両は既に解体されていますが、81号車は先頭部が錦織車庫で保存され、82号車はNPO法人「京津文化フォーラム82」が引き取り、錦織車庫で文化活動の舞台として第二の人生を送りはじめました。

 その82号車において、3月に「篠原資明 百人一滝展」というユニークな展覧会が行われました。第1回の「o2talk」には、この篠原資明さんに登場いただきましょう。

4月21日、錦織車庫82号車内にて
インタビュアー=黒田一樹(京津文化フォーラム82 専務理事/芸術監督)

「おちょくってでもいい。平安時代との現代的なつきあい方を提案したい」
篠原資明さん

喪の作業と再生の作業〜平安と平成、大津と京都〜

−はじめての個展の会場が大津の地で、物理的な空間としては四方を窓に囲まれた透明な電車の中というのは、まあ意味論的にはものすごく濃いんですけど、まぶさび庵のコンセプトにぴったりフィットしました。いい展覧会できましたね。

 空海についての本や、源氏についての詩集も出したように、京都や平安時代に対する思い入れがぼくは強いんです。空海が皇室の伝統も密教の中に組み込んで、天皇系と密教系がフュージョンしたような平安時代の独特の地平にね。
80形二枚看板と篠原さん
「篠原資明」「百人一滝」の二枚看板をつけた82号車の前でご機嫌な篠原さん。
 その平安時代を締めくくる百人一首は、喪われた王朝文化に対する定家の「喪の作業」でしょ?そやから、ぼくの『百人一滝』は「喪の作業=百人一首」の「喪の作業」ですね。

−その原点が大津にあったのも面白いですね。百人一首は天智天皇からで、百人一滝展は天智天皇のお膝元、近江神宮前の車庫で。

 大津は王朝のひとつの始まりやからね。天智天皇は日本史の原点のひとつですよね。石山坂本線は密教の二つの拠点−天台系の比叡山・真言系の石山寺−の間に王室ゆかりの神社がある、日本の歴史の独特のエッセンスが入った路線やね。80形は京津線やけど。

−80形電車の現役時代には乗っていましたよね?

 京都で一浪していた、1969(昭和44)年頃から乗ってるね。京都に戻った1994(平成6)年には高槻に住んでいて、志賀町に引っ越してきた1998(平成10年)にはもう地下鉄になっていたけど、地上時代にも東山三条から乗ってたよね。

 そやから、百人一滝展の隠れたコンセプトは、使われなくなった80形電車への「喪の作業」やったんですよ。それと同時に、「再生」も含んでいます。滝は「よみがえる」という要素を含んでいるからね。

 詩集をちょうど百人一滝の滝壺の部分までくり抜いて、そこからムベの花のつぼみを生けた作品<まぶさび花・ムベ>を運転席に置いたのは、かつて座られていた運転席=過去に対する「喪」の作業と、つぼみから新しく芽生えてくる花に「再生」の作業の両義性を込めたからやね。

 くりぬいた部分は、亡くなった歌人に対する喪の作業としての卒塔婆に見立てるとともに、よみがえり、若返り、再生する、滝のしぶきに見立てた車両中央部の作品<百人一滝にしずく>に利用しました。

−だから、ふたつの作品は循環構造なんですね。

篠原資明(しのはら・もとあき)

哲学者・美学者・美術評論家・詩人と多彩・多才な活動を展開する。
1950(昭和25)年香川県生まれ、京大文学部哲学科卒、京大大学院修了(美学美術史学専攻)。
強靱な知性としなやかな感性とで注目を集め、京大文学部助手、大阪芸大助教授、東京芸大専任講師を経て、1994(平成6)年から京大大学院教授。
「まぶさび庵」主宰。志賀町在住。
サイト「まぶさび庵の扉」はこちら。

まぶさび庵の扉

まぶさび花・ムベ 百人一滝にしずく 定家宛て百人一滝
作品は左から「まぶさび花・ムベ」「百人一滝にしずく」「定家宛て百人一滝」。

 OHPシートに百人一滝を印刷して透明の袋に入れ、手すりから吊り下げた作品の<定家宛て百人一滝>は、「定家様 まぶさび庵より」とラベル貼ってもいいと思っていたんですよ。定家宛ての喪の作業やからね。袋には封筒のイメージもあったんやね。

80形まぶさび仕様
80形まぶさび仕様と篠原さん
 機能面では超絶短詩に編み分けた部分を紫色にして、紫の滝しぶきが透明にすることで、うまいこと透けて見えればいいなと。「透明」はまぶさび庵のテーマやからね。写真やヴィデオで見ると、出入口からの光や、運転席からの光が生きていた。よかったなあと思いますね。
 あと色彩面では、ぼくの作品の紫と、車輌の壁のベージュや、床や座席の緑がうまく一致してくれましたね。

−紫と緑との組み合わせがうまく和風な感じに落ち着きましたね。喪の作業つながりで、作品の縁取り文字には薄墨のようなイメージがありませんか?

 あれは単なる見栄えの部分が大きくなるけどね。スミベタだったら重いし、つまんなくなる。光る滝の滝の部分だから、文字も中が透けて見えるように。紫の枠も、あった方が気が抜けた感じにならないね。

−それでずいぶん洒脱で楽しい作品になりました。

まぶさび庵

「知・行・遊」からなる綜合的活動。「まぶさび」とは、「まぶしさの さびしさに ふりそそぐ」という、「まぶさびの滝」に象徴される美的・宗教的境地。
著書に「まぶさび記」など。くわしくはサイト「まぶさび庵の扉」へ。

まぶさび庵の扉

カジュアルに愉しむ平安文化

−オープニングでは車掌用のマイクを使って、百人のまぶさび歌人たちが百人一滝を朗読しました。百人一首って、日本人のDNAに含まれている部分があると思うんですけど、その割にはみんな読めないものでしたね。

汲
まぶさび歌人の朗読会。
 ゼミの学生が多く参加してくれたけど、教育効果もあったと思うね(笑)。昔はそれくらいしか遊びがなかったし、ちょっと前までは中学行くとやらされましたね。年に一回学校で大会があったり。

 体で覚えるって云うのが、教育現場からなくなったからね。まあその反省があって声に出して読む日本語のブームが起こった。ちょっと恥ずかしいけれども、悪いことではない。何でもかんでも声に出して読めばいいものでもないと思うんやけど、平安のモノをきちんと読んで欲しいねえ。

−百人一滝って、ある意味人を食ったような作品でしょ?そんなのを京大の教授が作っている(笑)。中学とか高校のコワい先生あたりに見せたかったですねえ。それで口コミで生徒が見に来るの。言葉のセンスってそういうところから育ってきますからね。

 高校の先生に?それはいい。ぜひほんまに見てほしかったね。ぼくがそもそも超絶短詩をはじめたのは言葉に叫びを上げさせたいというのがありました。

 あと、ぼくの活動では、どんな形でも、おちょくってでもいいから、平安時代と現代的なつきあい方をいろんな形で提案したいと思っているんですよ。怒る人もいるけど、つきあわないよりマシですわ。王朝文化を尊びなさいと云うつきあい方だったら、そりゃ無理な話ですよ。ですから、つきあい方の門戸を広げる意味もありました。

−旧いものに対するリスペクトがあって、それをも呑み込んで21世紀のコンテンポラリーな自分との距離を測ることが必要じゃないかと思います。

百人一滝

第六超絶短詩集。「超絶短詩」は、「詩はどこまで短くできるか」との試みで、名詞を間投詞と他の名詞に分解する(例:京阪→け 違反)。
『百人一滝』では、百人一首を超絶短詩に編み分け、滝を象形した。

天智天皇の滝
天智天皇の滝

日本一有名な詩人と小説家の街

−となりの志賀町にお住まいですが、大津の魅力はいかがですか?

 見晴らしがいいし、文化財の数は凄い。石山寺も王朝貴族がたくさん訪れたし、潜在的な魅力は大きいね。だけど隣に京都があるだけにね、地元の良さに気がついていない人が多いのは残念やね。
 ちょっと離れていて都会ズレしていないけれど、文化財は息づいている。それを愛する東京の文化人もいるんですよ、白州正子みたいに。京阪電車ももっとちゃんと宣伝すればいいのに。

白州正子(1910-98)

評論家・エッセイスト。薩摩隼人で海軍大将の樺山資紀の孫娘。青山二郎、小林秀雄らとの交流により鋭い審美眼と筆力を研ぎ澄ました。夫は実業家の白州次郎。著書に『日本のたくみ』『両性具有の美』など。

−そうですね。たとえば、関東人にとっての滋賀県ってもちろん琵琶湖なんですけど、実は新幹線が停まる米原だったりします。大津が県庁所在地とは知っていても、滋賀のどこなのかを関東人は知らないんです。京都からこんなに近いとは思われない。交通の便もいいし、関西の文化的な底力を感じます。

芭蕉のお墓があるというのが凄いよね。日本一有名な詩人やないか。なんでお墓があるのに記念館のひとつもつくらないし、たいした催しもやらへんのや。山形の山寺に芭蕉記念館があるんだよ。

−紫式部もいますよね。日本一有名な小説家です。「レディ・ムラサキに会わせてくれ」なんて云ってくる外国人もいますよ。源氏物語って、クラシックであるがゆえにコンテンポラリーなものを感じるんでしょうね。

 石山寺は石山寺で歴史があるし。何月に行っても花が咲いている。花の寺ですね。

芭蕉のお墓がある義仲寺(木曽義仲を祀る)は、石山坂本線・京阪膳所駅徒歩7分。

びわ湖ネットワーク曼陀羅

−さて、哲学者としての篠原さんと云えば「間哲学」と「交通論」ですが、強引に交通の話にもってくると(笑)、こんど、大津線の500円で一日乗り放題の切符が出るんですよ。

あ、そうなの。今までなかったの?それ自体不思議だよね。

−今までは石坂線とバスだったんです。こんどは京津線と石坂線になりました。

京阪も努力しているんやね。百人一滝展のポスターもあれだけ貼ってくれはったので、多くの人に見てもらえたと思うし、ありがたいことです。

−あのポスターでカルタを背景に敷き詰めたのは、密教の曼陀羅のイメージを出したかったんです。

 電車の中の作品も曼陀羅ぽかったでしょ?真ん中に大日如来みたいな作品があって。曼陀羅にも順路があって、「巡り動く」というのがある。

−曼陀羅って見ていて飽きないんですよね。

 「さらに中に何かがある」という感じでね、細かく見ていくと。

−大津線沿線にもいろんな歴史の曼陀羅がありますね。金剛界と胎臓界みたいに。曼陀羅路線だ。

 曼陀羅と云うからには巡れないといけないからねえ。交通網も曼陀羅にしないと。

−ケーブルを使うとぐるっと一周できますよ。

 船なんかももっと活用すればいいのにね。ただまあアメリカナイズされたものよりも、もっと雅なのと洋風なのをほどよく混ぜて欲しいね。大阪の水上バスみたいの作ればいいんだ。ぼくも乗ったことあるけど。

−日本ももっと水上交通がもっと盛んになればと思うんですよ。渋滞ないし、やかましい観光案内テープがなければなおよし。

 船ももっと気軽に乗れたらいい。正月に竹生島に行く船なんか乗ったら楽しいんですよ。家族連れで見ると面白いんやけどね。
 ただ、余計な廃墟が多くて、目立ちすぎだよね。日本の近代化の廃墟は悲しく、みっともなく、何の趣もないから、解体することも古都、風致地区としての義務やと思うね。

 大津線も楽しいですね。石山に近づくと線路の近くまで街が密集して狭っ苦しくなるのなんかもね。
 さっき云ったように真言系の寺と天台系の寺があって、しかも真ん中に三井寺があるからね。天台系が二つに分裂するでしょ?それが沿線にあると面白い。それにここ、近江神宮もあるし。

−石山寺と坂本が二つの極になっているのは面白いですね。NとSみたいに。あとは逢坂山というのも平安王朝のモティーフとして、百人一首にも出てきます。
 沿線の町歩きも面白いですね。「篠原さんと行く大津線ウォーク」ってどうです、こんどやりましょうか?

篠原さん、車内にて いいね、面白い。普段お寺の文化財を案内するような、美術史家、歴史家と云った狭い専門家だけじゃ語り尽くせない魅力があるからね。
 たまには専門分化しない見方でいいと思う。俳句の吟行で行く人も結構いるし、仏像を見に行ったり、歴史遺跡を見に行ったり。でも、旧いお寺の魅力は全体としてほわっとしたものであるわけで。

 −虫メガネで見るんじゃなくって、空気を味わい、雰囲気を味わえればいいんですよね。カジュアルに、気楽に、肩の力抜いて、というのがキモですね。今後はどんな活動をやっていきたいですか?

 今回、展覧会を通じて、手づくりの詩集を作りたくなったね。それと、「一緒に展覧会をやりたい」という申し出もあって、ひとつ進みつつあります。カルタ大会もやりたいですねえ。神社仏閣で。

−それじゃ、沿線ではウォークとカルタ大会を絡めてやりましょうか。

間哲学・交通論

「作り手−作品−受け手」の間に交わされるイメージの対話などについての考察。著書に『漂流思考』『トランスアート装置』『トランスエステティーク』など。くどいようですが、詳しくはサイト「まぶさび庵の扉」をどうぞ。

まぶさび庵の扉

大津線全車両と、京阪電車の全駅に貼られた百人一滝展のポスター(写真は松ノ馬場駅)。これも、京阪電車の文化活動支援の一環です。

百人一滝展は、明るい車内でくつろいで作品を鑑賞できるので、お客さまも「まぶさびワールド」への、懐かしい80形電車の旅を愉しむ乗客そのものの表情になっていたのが印象的でした。『百人一滝』が大いに話題になった篠原さんの今後の活動にもご注目ください。

次回のo2talkもお楽しみに!


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