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ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。

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 「舞い散る花びらを乗せて/電車はいま鉄路をすべりはじめた/生まれたばかりの命をはぐくむように…」。石山寺から坂本までのタイムトリップを、懐かしい車掌のアナウンスとともに描く「いっさか線ぶるーす」が人気です。

 8月、第3回のo2talkのゲストは、この「いっさか線ぶるーす」を唄うミュージシャンのOGG(オジジ)さん。個性的な俳優としても活躍するOGGさんの素顔に触れてみました。

7月27日、京都市内にて
インタビュアー=黒田一樹(京津文化フォーラム82 専務理事/芸術監督)

「いつも足はびわ湖に向いとったんですよ」
OGGさん

いっさか線学会といっさか線ぶるーす

ーCDの話は「勝手に京阪いっさか線学会」の安楽事務局長との出会いから始まったんですか?

 ええ。最初に出会ったのは、いっさか線学会が立ち上がるころ、あるイベントで…。だからあんまし長くない。安楽さんが今よりもっと得体の知れんときやね。
 浜大津に文化人サロンのような場所があったんです。三井寺で「一の市」という、月イチの市のときに安楽さんは酔っぱらってべろべろの姿でしかみたことなかった。冗談半分で、いっさか線学会のみんなを和ませるのに「いっさか線ブルース歌え、アンタそういうのに向いてるから」って。そういうところからはじまった。それがCDになって…。

ーはじめはお互い得体が知れなかったと(笑)。…そういえば、なんで「OGG」なんですか?

 OGGは芸名でありニックネームなんです。大津生まれ、大津・京都育ちですが、小学校の時、ものすごくあだ名が多かった「あだ名王」やったんやけど、大津を離れる12歳のときについた最後のニックネームが「オジジ」なんです。
 サラリーマンを辞めて役者をやるとき、大津でやるので、大津ゆかりのそのニックネームを付けようと。今は大津に住んでいます。

−えっ、サラリーマンやってらしたんですか!?

 ええ、大学を出て、25から28まで。よく4年も続いたなあと思います。今は47ですけど…。サラリーマンを辞めたおかげでいろいろなものが見えてきました。
 今は限りなくオイディプスと同じような商売になっていますけどね。今は「音楽劇団 てんてこ」の仕事がメインで、役者と音楽をやって、小学校とか幼稚園、保育所を回ってます。

アーカスのライヴにて
OGG(オジジ)

 俳優・ミュージシャン。大津市生まれ。本名は橋本一司。
 大学(文学部仏教学科)卒業後、会社勤務を経て、プロの俳優として一本立ち。「暮らしの中に響き合う音を求めて・音楽をもっと身近に・音楽を生活の中から」をモットーに1988(昭和63)年に設立された「音楽劇団てんてこ」の看板俳優として、また劇団「ザ・スーパースター」の座長としても多忙な日々を送る。
 この7月には、「勝手に京阪いっさか線学会」からCD「いっさか線ぶるーす」をリリース。大津市在住。

音楽劇団てんてこ
勝手に京阪いっさか線学会

言葉を超えたコミュニケーション

ー今回のCDの中に、「根雪」とか「花冷え」とかの単語があるんですけど、北海道の言葉ですよね、根雪ってのは。花冷えってのも渡辺淳一の『リラ冷えの頃』のように、北海道的な響きがあります。北海道にはご縁があるんですか?

 花冷えってのは日本の結構昔のお茶の名にもあるように、日本の伝統的なところから出ています。実は、お茶の師範なんです。表千家でも裏千家でもない、男点前の看板ですが。

 そんなんで、北海道との縁はないですねえ。うちは、親が新潟と鳥取なんで、生まれ育ちは関西でも、関西弁のしゃべれない関西人なんですけどね(笑)。

ー一人芝居とか、二人芝居とかは、興味あります?保存車の80形82号を芝居小屋としても活用してみたいなって思ってるんですけど。客席もあれば、出捌けの扉も7つありますから。

 一人芝居ならしょっちゅうやってますよ。でもどっちかというとそんな型にはまったことはしないね。前衛的なものです。潜在するものを表に「ぐえーっ」と戻し出すとか、そういうのが好きなんです。
 演劇的パフォーマンスや、ギャグダンスとか、舞踏にも出たことありますよ。今度もやる『リア王』の一人芝居をやったときに、見に来てくださった某有名劇団の方に「シェイクスピアを冒涜していやがる」って怒られたんやけど…でもそれが、「やったやん!」って云ってくれる人も居てた。ファンみたいな人が2分しててね、無垢なる人が見ると喜んでくれるけど、名立たる演劇人が見るとけちょんけちょん。

ーまあ、アンチがいてこそ一人前ですよ。

ウエディングトレイン内
7月に石坂線を走ったウェディングトレインでもライヴをしました。大津にOGGあり。
 それでも、わりと途切れなく呼ばれてますよ。ステージは年間100本くらいです。歌も歌えて芝居もできるんで、それがギャグも含めて芸になって…。特に子供たちにウケるから、保育園の前なんかでもどこででも。この前はムカデの役で、OGGさんやって、って。

ーじゃあかなり、いろんなギリシャ演劇とか、そのあたりの芝居を体現しているのかも…。でもね、たとえばアクロポリスにあった円形劇場では、観客に声は届いていたんでしょうかね?

アーカスのライヴ 昔は届いてたんじゃないかな?僕は、大人数のところで拡声装置なしでもコンサートやれるってのがベストだと思うんです。夢ですけどね。今はやかましくても、音を大きくしてって聞かせるという発想があるけど、昔は客自身が聴こうとして集中して聴いてたんだと思う。そうだと、当然聞こえますよね。

 僕は聴いてもらいたいんですよ。京都の大学で音楽をやっていたときから…京都大学ではなくて京都「の」大学(笑)。でも最終学歴を書くときは「膳所自動車教習所」。「俺はバカ」って。それをマトモに取る人がいてね、自動車整備してはるんですか、ってね。(笑)

渡辺淳一

作家、医学博士。1933(昭和8)年北海道生まれ。もと札幌医大講師。
 耽美的に男女関係を描写した恋愛小説や、歴史・電気的小説、また医療を主題とした小説など、精力的に著作を発表。1970(昭和45)年に『光と影』で直木賞を受賞。代表作に『失楽園』『遠き落日』『花埋み』など。

ー文学部ですよね、繊細な詩をお書きになると思います。OGGさん、実は相当シャイでしょう?

 ええ、内面はかなりナイーヴだったりします。(笑)当初はサッカーをやりたかったのが、体力的な限界を感じて音楽に替えたんです。
 基本的には、そのナイーヴさをごまかすために、錦織車庫に80形81号の首ちょんぱがあるでしょ?あそこに何人詰めこめるかというか、そういう悪ノリがやりたいんです。おもしろければいい、みたいな。

ーシャイな人に限って、結構反動的におちゃらけたりしますからね。

81号錦織工場に保存された80形81号の先頭部(通常は非公開)。

胎内回帰と輪廻転生

いっさか線に対する思い入れは?

 地元の路線やからね。クルマの生活になってしまっているけれども、折あれば必ず利用する路線です。一種の動く故郷と云うか、胎内回帰的な感覚がなきにしもあらずかな、と。実はね、レコーディングのときに、かなり短くしてあるんですよ。
 スタッフと歌詞を何度も検討したりして…。かなり寸前まで歌詞を考えて、自分の想いをぶつけたら、「それはアカン、伝わらへん」って。
 たとえば、最後の方で、「もみじの葉が細い肩に舞い落ちるのが見えた」ってのは、「近江神宮=どんぐり拾い」っていう、絶対的にあったイメージを体験させるためにこういう歌詞になったんですが、前の歌詞では、ただ単に「どんぐり抱えた子供が乗ってきた」っていう。

ー僕はセーラー服を着た少女を思い起こしたけど。

 それはいろんな人の思い出があるからそう思わせる歌詞にしたほうがいいんちゃうかと。

ー初めて歌った時のを聴いたときには「いっさか線はわたしだー」って唄って終わったような気がしていたんですが…。

 「根雪」の長い詩の最後も、「水よ/命の水よ/お前は私だったのだ」。同じだって云ってやめたんですよ。それから、だっていっさか線と命を共にするみたいで。「いっさか線は俺だ」って云ったら、俺が死んだらいっさか線が死ぬみたいで。

ー主が亡くなってぬいぐるみが遺され、さてどうしようってのと同じですね。ペットは死ぬけど…。

 全部は死に集結してるんですよ。春夏秋冬もそうでしょ? 人生といえば生老病死,その繰り返しが人間であり人生でありっていう。そういう想いが常にあると思うよ。
 ともあれ、自分にパワーや想いがあれば、自然とどんな表現行為にものめり込める体制になると思うんです。それはたまたま「いっさか線ぶるーす」として音楽であるけど、ガラス細工であってもいいし。ともあれ、もともと松竹芸能なんで、「役者であり、歌い手である」自分を活かしていきたいですね。「OGGの本質」が音楽を媒介して、解放されているんですよ。

−OGGの本質。プラトンの「イデア(=事物そのものには宿らない、絶対的な本質)」ではなく、アリストテレスの「エイドス・エンドン(=事物に宿る、内在する本質)」ですね。

 日本語は外国人に伝わらないけど、関西弁は外国人に通じるってのとちょっと似てますね。ネイティブに関西弁をしゃべってる人は、文法的に正しい日本語をしゃべってると自分では思わない人が多い。標準語って言葉があるくらいだから。
 だから身振り手振りがおおきくなるし、東京人には通じないでしょ?だからなおさら「うわーっ」て気持ちが出てくる。

いっさか線ぶるーすジャケット

「いっさか線ぶるーす」は、浜大津・京阪山科・別所の駅売店および京阪線のコンビニエンスストア『アンスリー』で好評発売中(税込1,000円)。

最高の居住環境
−石坂線って実際便利ですよね。

 交通機関ってのは街にとっての血管だと思うんです。血管があるからこそ人間が赤血球になったり白血球になったりして血液で走りまわれるんですよ。もう京阪電車が無くなったら交流がなくなって寂れますよ。電車が街のビートを刻んでいることで、胎内回帰できるんですよね。
 大津線って、地元の人か鉄道マニアの人じゃないとちゃんと知らないじゃないですか。京都の人もそうやけど…。

−前にも云ったのですが、「近江」観光パックは「米原から」で、もっと近い「京都から」がない。大津の宿なのに米原経由で組まれてるんです。京都の観光地で京都駅からは大津よりもずっと遠い、伏見とか嵐山とかをめぐるコースはありますけどね。もう縦割りの弊害以外の何モノでもない。

 どうして行政区分にこだわるのか、一歩区分をまたぐと文化面もこう違うのかとね。問題やと思うね。

ーkeihan-o2.comでは大津の情報を京都や大阪に届けたいですね。京都市は100万都市ですからね。大津は30万人いるかいないかですけど。

 京都の人は、山科から先はたぶん、よく分かってへんのね。距離もわからへんやろなぁ。
 僕自身は山科に住んでおったんですけど、いつも足は琵琶湖に向いとったんですよ。現場は京都市内やったけど。景色ゆうたら、そらもう湖ある方がええですよ。居住地としては最高のシチュエーション、景色のどこをとっても湖、陸地、山があるってのがええんですよ。
 ところが、大津の人間にとっては、京都は「自分たちの庭」で一杯呑むとなると河原町なんですよね(笑)。

ーわはは、なんだよ、浜大津で呑みなさいよ。(笑)

 反面、いいところにあんまり人が流れ込んでほしくないな、という気もするわ。昼間閑散としているからこそ、いつでも気楽に乗る気になるんやけどなぁ。身勝手だけど。

ー石坂線が輸送負けしてもねぇ…(笑)

 昔の車両走っていいたら最高やなぁ。昭和30年代の電車走ってたらえぇなぁ。

ーでもね、実は、今走っている電車はそのときの生まれ変わりなんですよ。車体は顔変えて冷房付けただけで。いっさか線の車両のルーツをたどると、大正時代にまでさかのぼれるんですよ。車体を替えて、足回りを替えて....輪廻です。

 

小さいときの当時の思い出が強いんで、古い300形とかの赤い電車がなくなったときは寂しかったなぁ。60形見たとき、「あれ、ナンや?」って思ったね。連結器が不思議やったね。電車が全部緑になって寂しく思うたけど、500系が登場したときはね小さいころにみた50形を彷彿させるなぁと思ったりね。

ーおおっ。50形。

 小さいころの記憶で親に連れられて、四宮あたりで見たのは強烈なインパクトがある。正面ががくぼんでて。浜大津まできてたんやけど、そのあと四宮まで追いやられて…。

びわこ号有名な「びわこ号」こと60形。日本初の連接車で、大阪と大津を直結した。写真は寝屋川工場にて保存された63号。

−50形って「技術の京阪」を象徴する車両なんですよ。50形とほとんど見た目が変わらない70形って知ってます?アレ、まだ実は寝屋川の車庫にいるんですよ、構内入替車になって。

 へええ。見てみたいなあ。地層を見てよろこぶ地質学者のように、駅なんか見てても、昔の低い床のホームがあってその上に今のホームかぶせてあるとか、駅の跡とか、ありますよね。おもしろいよなあ。興味惹くような話がどんどん出てくれば、いっさか線ももっと盛り上がっていくと思いますよ。

−これからどういっさか線と付き合っていかれます?

 うーん…。これを機に、CDキャンペーンで行く先々のいっさか線で沿線の商店を練り歩きたいですね。
 ライブの最後にヒモ渡して、皆で電車ごっこするの。緑のツートンカラーの2本でね。(笑)

構内入換車寝屋川工場の構内入換車(機械扱い)は、1967(昭和42)年に引退したもと大津線70形72号車です。

大津が誇る個性派、OGGさんは、シャイで哲学的、物静かな素顔をもっていました。そのOGGさんが作った渾身の力作「いっさか線ぶるーす」。生活の音が聞こえ、街の匂いがする14.1kmのレイクサイド・トラムに乗って、2両編成、32分の旅情を噛みしめてみてください。

次回のo2talkもお楽しみに!


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