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ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。

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 この夏、大津市歴史博物館で「家族旅行のキロク・キオク」というユニークな企画展が開催されました。昔の家族旅行の甘酸っぱい想い出をフレイバーに、かつてのおみやげの定番だった「ペナント」を日本全国から集めたり、一大観光地・びわ湖大津のちょっと昔の姿を展示したり…。

 この展覧会を企画したのが、大津市歴史博物館の名物若手学芸員、木津勝さんです。大津に生まれ、大津を愛し、いまも石山坂本線で通勤する木津さんは、「大津の少し昔」をテーマに大津を再発見する展覧会を企画しています。

8月10日、大津市歴史博物館にて
インタビュアー=黒田一樹(京津文化フォーラム82 専務理事/芸術監督)

「夏休みに親子連れで来て、親から子に教えてあげられるような展覧会がしたかった」
木津勝さん

大津の鉄道展

−以前、「大津の鉄道百科展」を手がけられたんでしたね。

 僕が一番最初に最初にやらせてもらったちゃんとした展覧会やったんですよ。真剣に作りました。そのときには何か、国鉄があって、京阪があって、江若があってと云うのがありましたが、次やるときには会社ごとで、将来的には、大津線中心でやりたいと思てるんです。

−電車はお好きだったんですか?

木津勝さん 世間並みには好きでしたね、ブルートレインブームとかあって。中学の時点で、引越しをしたんで、電車で通わなくちゃあかんかって、そのときから通学で京阪に乗り出して。近江神宮から膳所まで毎日乗ってましたし、高校も蹴上まで京阪電車に乗ってました。大学行くときも基本的に京阪電車をけっこう使ってました。そういう意味では京阪に思い入れが深いモンやったので。
  その折は京阪電車にも凄くご協力いただいて。ヘッドマークを電車の先頭につけていただいたり、錦織車庫の見学の企画をさせていただいたりしました。

木津勝(きづ・まさる)

 大津市歴史博物館学芸員。大津市生まれ。
 大学(文学部)では民俗学を専攻。大津市歴史博物館の若手学芸員として、「大津の鉄道百科展」をはじめ、暦年の夏の企画展を担当。大津市在住。
 大津市歴史博物館へは、別所駅から徒歩5分です。

大津市歴史博物館バナー

−ほら、京津線が部分廃止されてから、浜大津で80形の81号-82号と一緒に、350形の356-357号が残されていましたでしょう?
 結局その5年後に80形は1両ちょい残って、350形は解体されちゃいましたけど、350形の運転台がその展覧会用に供出されたとか。

 はい、運転台のモックアップも作りました。ちょうど展覧会をさせてもらうときが地下鉄になったときやったんで、浜大津にあった部品をいただいて、画面をつけて。
 そのときには結構、ゲームの「電車でGO!」とか流行っていたんですが、石坂線の前面展望ビデオをはめ込んでいました。人気でしたよ。連動しない、なんちゃってなんですけどね。

−その運転台は倉庫に残されていたりするんですか?

 残ってますよ。いつかまた、日の目を見る機会があるかもしれませんね。ま、市制100周年記念の展覧会として、この企画立ち上げて、やらしてもらうような感じやったんですけど、少しは恩返しできたかなと。

浜大津に留置された350形モックアップ部品浜大津留置時代の350形356号(手前は80形81号)と、歴史博物館の倉庫に眠る350形モックアップの中の部品。

−まとまった形で大津の鉄道を俯瞰することは、なかなかありませんでしたから。図録にも今、keihan-o2.comの編集をするのに助けられていますよ。

 幸い好評でして、近いうちにまた、パート2みたいなことはやりたいなと思っているんですけど。期間中に10000人以上の方がお越しになられて、図録も1500刷ったんですがね、期間中の半分くらいで全部売り切れ。急遽増刷かけたんですけど、それも最終日には全部売れてしまうって感じで。

−でも、図録ってそんなにぱんぱん出るものじゃありませんでしょ?いくらだったんですか?

 500円。

−安っ。

 入場料が500円。図録を買って、ちょうど1000円でおさまるようにって売らしてもろたんですけど。今でも図録が欲しいって云われるんですけど、その後増刷をしていないんで、幻の図録になっていると。保存用とか、人にあげる用とか、1人5冊と買うてくれはる方とかいはって。

鉄道百科展図録
大人気だった「大津の鉄道百科展」の図録。残念ながら現在は入手不可能。

パパとボクのプチ・ノスタルジー

−その後にはどんな企画展を手がけられましたか?

 担当しているのは夏ばっかりなんですけど、「ブリキのおもちゃ博物館」の館長、北原照久さんの資料をお借りした、ブリキのおもちゃの展覧会。それから、広告の展覧会。次が「家族旅行のキロク・キオク」という展覧会です。

−o2newsでもちょっと触れさせていただきました。これが掲載される頃には終わっていますけど。

 ありがとうございます。今回は、昭和30年代の観光とか、当時の家族旅行の様子と、観光ペナントを500枚くらい展示したりして。

−全てのテーマにプチ・ノスタルジーが流れていますね。今はテーマパークでも昭和30年代のリバイバルが結構行われてますでしょ?
泉麻人さんとか、こういう系譜ですよね。

 やっぱり、こういう展覧会も、もともとは自分の子供の頃を思い出してやり始めているんですけど、そこよりももう少し旧いところとか、そもそもの始まりとかにも興味が行きがちですよね。そこそこ大っきくなった後のことが、自分でも消化しきれていないし、世間的にも消化されていないところがありますから。

DRC in DRC北原照久さん監修の懐かしのブリキのおもちゃ電車シリーズも復刻され、人気を呼んでいます。大津はブリキのおもちゃ発祥の地です。写真は東武DRC(保存車内にて撮影)。
−音楽の世界では今、80年代リバイバルなんて云ってますけど、どちらかというとそれは80年代前半、プラザ合意があってバブルが始まる契機となった1985(昭和60)年までで、要は昭和50年代なんです。西暦よりも、昭和で10年ごとに切ってみると結構わかりやすい。敗戦も1945(昭和20)年ですし。
 ただ、僕らは昭和20年代にリアリティをもてない世代で、今やノスタルジーでドラえもんが語られるようになっています。

 昔、当時を経験している人は懐かしさを感じはるんですね。特に昭和30・40年代あたりって、その時代を経験していない人もなぜか懐かしいって感じたりとか、何か新しいって思ってみたりとか、新横浜のラーメン博物館とか、そういう力ってあるんでしょうね。

新横浜ラーメン博物館「昭和30年代の街並み」をコンセプトにして大成功を収めた新横浜ラーメン博物館。
 日本が勢いづいていた時代やし、そういう意味で元気だった時を懐かしいって思ってもらえるとね。そういう意味では昭和30,40年代が歴史になりつつあるときなんですけど、単純に「懐かしい」という形で終わらせるんじゃなくって、きちんと位置づけなくてはいけないと思うんですけどね。博物館って、今まであまりその頃のことって採りあげなかったんですよ。

 昭和30年代って、三種の神器が出てきたりして、日常生活自体がおっきく変わっていますから。お米も火ぃたいていたものが、ボタンを押せば炊ける時代になった。その時代を経験していなくても、今の生活と結構つながるモンがあるんでしょうね。

−電車なんかでもね、子供の頃に行った博物館はとんでもなく古いような電車があるところだったのが、僕らの世代が子供だった頃にキラ星のようだったスターが今やほとんど鬼籍入りしていて。いま行くと、旧友に再会するような、大人なりの別の感慨がありますね。

京橋の3000系京阪電車でもかつての特急車、3000系や1900系は現役ですが、それなりに形を変えています。
 博物館って、特にウチの博物館なんかは、もともと結構古いところばっかりやってたんですね。お客さんが高齢者の方中心だったり、その分野に興味がある人だったりして、層にかたよりがあったんです。
 それよりも自分が生まれた頃とか、自分が育っているところが、どういうところから来ているのか、少し昔、また少し昔と引っぱっていこうと思って。これまで、今までやっていなかった夏に展覧会をすることでできた。子供さんたちが夏休みなんで、親子連れで来てもらって、子供さんたちはわからないかもしれないけど、そのときのことを親御さんたちが教えてあげるという空間を作りたかったんです。それは後の展覧会でも、基本的に考えは一緒です。博物館って、敷居の高いトコロって思われるんで。
玻璃丸と木津さん

なつかしいびわ湖の女王、玻璃丸の模型も展示されているんです。

  そういう意味では博物館に来て、解説を読んでああなんや、こうなんやって云うんじゃなくって、来た人が自分の記憶を引き出して、昔ああやった、こうやったと子供さんたちに教えてあげる。特に鉄道は今でも走っていますしね。

−すると、世代を超えて父と子が友達になるチャンスなんですね、夏休みは。

 親御さんたちが子供と「親子」という関係じゃなくってね。もちろん親子の絆は強くなるし。懐かしさって云うか、虫取り網持ってきて欲しいくらいの気持ちです。博物館は虫はNGなんですけど。(笑)

−親父が何しているか基本的に知りませんからね、子供は。そういえば、今keihan-o2.comでは、現場の人がぽこぽこと登場しているんですけれども、これも昔テレビでやってた「はたらくおじさん」的な意義があるんじゃないかな、って最近すごく思っているんです。

 「はたらくおじさん、こんにちは」!!
  鉄道の展覧会やったときに、ぜひ錦織車庫を見学させてほしいとお願いしたのは、結構そういう部分があったんですよ。ふだんは切符買って普通に乗っている電車が、どれだけ安全に動くために苦労されているかとか、現場に行ってみると凄くわかると思うんですね。つぎに電車に乗るときに違った感覚が出てくると思うし。

 見学会のときは、洗車機を通らせてもらったんですけど、こうやって整備してはるんやと云うのが凄くわかって。

−そういえば、社会科見学って遠足より楽しかったような気がしますね。単なる「ファン」じゃなくって、「エキサイティング」だったような。

 そうですね、いろんな部分で親しんでもらえるようなことをやりたいですし、博物館としてそういうアプローチってしたいと思ってるんですよ。
  もちろん、こればっかりやってんと、大津絵とか、近江八景とか、歴史のあるお寺とか、史跡とかありますから、こういう歴史博物館の本来的な展示も積極的に告知していかないといけない。それが中心でなければならない。でも、間口を広げるために、定期的にこの時代のことを入れていく必要があると思っています。

歴博外観

歴史博物館は別所駅から5分、丘の上にあります。

大津の少し昔とこれから

−木津さんはもともと大津の方なんですか?

 大津で生まれて育って、京都の大学を出て。

−学芸員資格を取るのなら、ご専攻は美学・美術史学や民俗学・考古学あたりが考えられますが。なんか、第1回からずーっと文学部づいているんですけどね、o2talkは。

 文学部で、専攻は民俗学やったんです。今でも民俗学担当の学芸員ではあるんですけど、一番最初にやった展覧会はこれなんで。自分が大学の時にやったのとは違う路線ですね。

−「家族旅行のキロク・キオク」では、一般的な観光旅行論もさることながら、一つの観光地でもある大津のことももちろん採りあげてありますね。今も昔も。そして喪われた風景もあります。

 大津でも、昭和40年代のびわ湖タワーや紅葉パラダイスとか次々とできて、数年前に急速に喪われる京阪レークセンターとか、水上飛行機とか。それから大津の大イベントって、びわ湖大博覧会なんです。ホーバークラフトに乗ったのを覚えてはる人が多くて、みんな云われます。

大津非実用ガイドブック「家族旅行のキロク・キオク」の図録。「大津非実用ガイドブック」の体裁をとっていて、読むだけで愉しめる、センスあふれる逸品。当時の大津を知らない方にもどうぞ。400円で販売中です。
 そのときの浜大津は、廃線まで江若鉄道の乗換駅やったし、船にも、飛行機にも乗れるし、ボウリングができたりとか施設があったんで凄く賑わっていましたよね。自分の子供の頃を振り返ってみても、まだ浜大津の駅が2つあったんですよ。そのときは凄く近所に住んでいたんで、記憶があります。江若鉄道の廃線時には生まれていませんけどね。
  そこそこ大きくなったら、近所に住んでいた島ノ関から電車乗って、一人で近江神宮前の祖父の所に行くんですけど、その時って京津線が石山寺まで乗り入れてたんですね。子供の頃なんで、間違ったら京都に行ってしまうと云う。すごい遠いところに連れていかれるイメージがありました。子供心に恐かって、車掌さんに乗る前に「これは坂本行きですか」って、必ず聞いてから乗っていた思い出がありますね。そういうのがあって大津線にも愛着あるんかな、思います。

−大津にずっと暮らしてきた一方で、こういう仕事をなさっていると、ある程度大津という街を客体化できると思うのですが、いかがでしょうか?

 もちろん、いい場所だと思いますよ。まずは、通勤通学の人が住むところ、ベッドタウンやと思います。もうひとつは今でも観光なり何なりと云う部分はあると思うんですよ。お寺だってたくさんあるし、船乗ろうと思たらミシガンとかビアンカとかあるし。ひとつの街にふたつの部分があるわけで、どっちを発展させるのかとか、どういうかタッチで力入れていくのかをちゃんと考えないといかんのかなと思いますけどね。

 いま、浜大津あたりは寂しいですねえ。でも、じゃあそんなに行かないかというと、そうでもないですけどね。年間70日くらいはアーカス行ってますし、ツタヤは結構行きますから。
 地元の商店街だって買い物したり、髪の毛切ったりしますし。お客さんたちがあまり知らないというか、昔から居る地元の人間はここに何があるかがわかりますけど、それがないのかな、と。商店街あたりの美味しいお店でご飯食べたりとかしますね。古くからのお店ってたくさんありますからね。酒屋さんとか、お漬物屋さんとか。
 昔って、日用品を買う場所が浜大津あたりの商店街やったんですよね。今はホントの近所の人だけが利用する場所ですけど、昔はもっと、石山の人や、北の滋賀里や坂本の人たちが菱屋町、丸屋町などの商店街に行ってたんですけどね。スーパーなどの大型店舗になって、来なくなっちゃう。潜在能力としては、いろいろあると思うんですけど、日常的に買い物するんやったら大型スーパー行ったらいいんかな、云う感じにどうしてもなるんかな、と思いますね。

 自分の頃はそれが普通だったんですけどね。三井寺駅を降りて、坂を上がって、商店街から丸屋町を抜けて。今はそういうことをしはらへんし、自分自身がそうするかって云われるとしんどい部分がありますね、確かに。

現場で感じる歴史

−今度はどんな展覧会を?

 「回峰行と聖地葛川」という、正統派の展覧会です。延暦寺の関係で歴史のある場所なんですけど。

−keihan-o2.comをごらんになって、興味を持ってくださった方にメッセージとか、宣伝とかあれば。

木津さん 石坂線関係って三井寺があったり、延暦寺の入口があったり、たくさん歴史があるわけですよね。それを紹介できるような施設ですので、ぜひ博物館に来ていただいて、いろいろな展示を見て、京阪電車に乗って散策なりをしてもらえると愉しんでもらえるだろうな、と思いますね。行ってから来てくれはってもいいですけど。中心に位置していますから。つないでいくような努力もしていきますので。

 あとは直接、鉄道関係を展覧会でやる以外にも、石坂線とかは史跡がたくさんありますから、そういったモノを少しでも知ってもらえて、ウチも京阪沿線の建物ですから、近辺の史跡を廻ったりもう少し積極的にやっていきたいと思てるんです。展覧会やってるときには「ウチに来てくださいよ」ってやり方じゃなくって、いろんなやり方考えて。
 他の展覧会もそうですが、ウチの博物館で北原照久さんの広告の展覧会をやって、スタンプラリーをしていただいた後に、旧い商家にある昔のお店で使ってあった広告類を店先に並べてもらって、スタンプを持って現場で見てもらいました。たとえば、そんな感じででも、できればいいかなって思いますね。

−keihan-o2.comでも、大津の魅力をいろいろ伝えていきますから、どんどん連動して、街の時間的・空間的なコンテンツ情報を共有していきたいですね。


全国10番目の「古都」に認定された大津。大和時代から、昭和時代に至るまで、いろいろな歴史が眠っています。歴史博物館には、そんな歴史のカケラが眠っています。もう片方のカケラは、街の中に眠っています。歴史博物館で街に眠る歴史の情報を知り、京阪電車に乗って街に飛び出しましょう。大津が、いろいろな記憶が残されたワンダーランドであることを再発見できる休日もいいものです。

次回のo2talkもお楽しみに!


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