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| ホーム > o2talk > 木津勝さん |
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素敵なゲストとの硬軟とりまぜた楽しい語らいのひとときでおくつろぎください。
ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。 |
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この夏、大津市歴史博物館で「家族旅行のキロク・キオク」というユニークな企画展が開催されました。昔の家族旅行の甘酸っぱい想い出をフレイバーに、かつてのおみやげの定番だった「ペナント」を日本全国から集めたり、一大観光地・びわ湖大津のちょっと昔の姿を展示したり…。この展覧会を企画したのが、大津市歴史博物館の名物若手学芸員、木津勝さんです。大津に生まれ、大津を愛し、いまも石山坂本線で通勤する木津さんは、「大津の少し昔」をテーマに大津を再発見する展覧会を企画しています。8月10日、大津市歴史博物館にて |
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| 「夏休みに親子連れで来て、親から子に教えてあげられるような展覧会がしたかった」 | |
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木津勝さん
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大津の鉄道展 |
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僕が一番最初に最初にやらせてもらったちゃんとした展覧会やったんですよ。真剣に作りました。そのときには何か、国鉄があって、京阪があって、江若があってと云うのがありましたが、次やるときには会社ごとで、将来的には、大津線中心でやりたいと思てるんです。
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木津勝(きづ・まさる)
大津市歴史博物館学芸員。大津市生まれ。 |
はい、運転台のモックアップも作りました。ちょうど展覧会をさせてもらうときが地下鉄になったときやったんで、浜大津にあった部品をいただいて、画面をつけて。
残ってますよ。いつかまた、日の目を見る機会があるかもしれませんね。ま、市制100周年記念の展覧会として、この企画立ち上げて、やらしてもらうような感じやったんですけど、少しは恩返しできたかなと。 |
![]() 浜大津留置時代の350形356号(手前は80形81号)と、歴史博物館の倉庫に眠る350形モックアップの中の部品。 |
幸い好評でして、近いうちにまた、パート2みたいなことはやりたいなと思っているんですけど。期間中に10000人以上の方がお越しになられて、図録も1500刷ったんですがね、期間中の半分くらいで全部売り切れ。急遽増刷かけたんですけど、それも最終日には全部売れてしまうって感じで。
500円。
入場料が500円。図録を買って、ちょうど1000円でおさまるようにって売らしてもろたんですけど。今でも図録が欲しいって云われるんですけど、その後増刷をしていないんで、幻の図録になっていると。保存用とか、人にあげる用とか、1人5冊と買うてくれはる方とかいはって。 |
![]() 大人気だった「大津の鉄道百科展」の図録。残念ながら現在は入手不可能。 |
パパとボクのプチ・ノスタルジー |
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−その後にはどんな企画展を手がけられましたか? 担当しているのは夏ばっかりなんですけど、「ブリキのおもちゃ博物館」の館長、北原照久さんの資料をお借りした、ブリキのおもちゃの展覧会。それから、広告の展覧会。次が「家族旅行のキロク・キオク」という展覧会です。
ありがとうございます。今回は、昭和30年代の観光とか、当時の家族旅行の様子と、観光ペナントを500枚くらい展示したりして。
やっぱり、こういう展覧会も、もともとは自分の子供の頃を思い出してやり始めているんですけど、そこよりももう少し旧いところとか、そもそもの始まりとかにも興味が行きがちですよね。そこそこ大っきくなった後のことが、自分でも消化しきれていないし、世間的にも消化されていないところがありますから。 |
北原照久さん監修の懐かしのブリキのおもちゃ電車シリーズも復刻され、人気を呼んでいます。大津はブリキのおもちゃ発祥の地です。写真は東武DRC(保存車内にて撮影)。 |
−音楽の世界では今、80年代リバイバルなんて云ってますけど、どちらかというとそれは80年代前半、プラザ合意があってバブルが始まる契機となった1985(昭和60)年までで、要は昭和50年代なんです。西暦よりも、昭和で10年ごとに切ってみると結構わかりやすい。敗戦も1945(昭和20)年ですし。 昔、当時を経験している人は懐かしさを感じはるんですね。特に昭和30・40年代あたりって、その時代を経験していない人もなぜか懐かしいって感じたりとか、何か新しいって思ってみたりとか、新横浜のラーメン博物館とか、そういう力ってあるんでしょうね。 |
「昭和30年代の街並み」をコンセプトにして大成功を収めた新横浜ラーメン博物館。 |
| 日本が勢いづいていた時代やし、そういう意味で元気だった時を懐かしいって思ってもらえるとね。そういう意味では昭和30,40年代が歴史になりつつあるときなんですけど、単純に「懐かしい」という形で終わらせるんじゃなくって、きちんと位置づけなくてはいけないと思うんですけどね。博物館って、今まであまりその頃のことって採りあげなかったんですよ。
昭和30年代って、三種の神器が出てきたりして、日常生活自体がおっきく変わっていますから。お米も火ぃたいていたものが、ボタンを押せば炊ける時代になった。その時代を経験していなくても、今の生活と結構つながるモンがあるんでしょうね。
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京阪電車でもかつての特急車、3000系や1900系は現役ですが、それなりに形を変えています。 |
| 博物館って、特にウチの博物館なんかは、もともと結構古いところばっかりやってたんですね。お客さんが高齢者の方中心だったり、その分野に興味がある人だったりして、層にかたよりがあったんです。 それよりも自分が生まれた頃とか、自分が育っているところが、どういうところから来ているのか、少し昔、また少し昔と引っぱっていこうと思って。これまで、今までやっていなかった夏に展覧会をすることでできた。子供さんたちが夏休みなんで、親子連れで来てもらって、子供さんたちはわからないかもしれないけど、そのときのことを親御さんたちが教えてあげるという空間を作りたかったんです。それは後の展覧会でも、基本的に考えは一緒です。博物館って、敷居の高いトコロって思われるんで。 |
なつかしいびわ湖の女王、玻璃丸の模型も展示されているんです。 |
そういう意味では博物館に来て、解説を読んでああなんや、こうなんやって云うんじゃなくって、来た人が自分の記憶を引き出して、昔ああやった、こうやったと子供さんたちに教えてあげる。特に鉄道は今でも走っていますしね。
親御さんたちが子供と「親子」という関係じゃなくってね。もちろん親子の絆は強くなるし。懐かしさって云うか、虫取り網持ってきて欲しいくらいの気持ちです。博物館は虫はNGなんですけど。(笑)
「はたらくおじさん、こんにちは」!! 見学会のときは、洗車機を通らせてもらったんですけど、こうやって整備してはるんやと云うのが凄くわかって。
そうですね、いろんな部分で親しんでもらえるようなことをやりたいですし、博物館としてそういうアプローチってしたいと思ってるんですよ。 |
歴史博物館は別所駅から5分、丘の上にあります。 |
大津の少し昔とこれから |
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| −木津さんはもともと大津の方なんですか?
大津で生まれて育って、京都の大学を出て。
文学部で、専攻は民俗学やったんです。今でも民俗学担当の学芸員ではあるんですけど、一番最初にやった展覧会はこれなんで。自分が大学の時にやったのとは違う路線ですね。
大津でも、昭和40年代のびわ湖タワーや紅葉パラダイスとか次々とできて、数年前に急速に喪われる京阪レークセンターとか、水上飛行機とか。それから大津の大イベントって、びわ湖大博覧会なんです。ホーバークラフトに乗ったのを覚えてはる人が多くて、みんな云われます。 |
「家族旅行のキロク・キオク」の図録。「大津非実用ガイドブック」の体裁をとっていて、読むだけで愉しめる、センスあふれる逸品。当時の大津を知らない方にもどうぞ。400円で販売中です。 |
| そのときの浜大津は、廃線まで江若鉄道の乗換駅やったし、船にも、飛行機にも乗れるし、ボウリングができたりとか施設があったんで凄く賑わっていましたよね。自分の子供の頃を振り返ってみても、まだ浜大津の駅が2つあったんですよ。そのときは凄く近所に住んでいたんで、記憶があります。江若鉄道の廃線時には生まれていませんけどね。 そこそこ大きくなったら、近所に住んでいた島ノ関から電車乗って、一人で近江神宮前の祖父の所に行くんですけど、その時って京津線が石山寺まで乗り入れてたんですね。子供の頃なんで、間違ったら京都に行ってしまうと云う。すごい遠いところに連れていかれるイメージがありました。子供心に恐かって、車掌さんに乗る前に「これは坂本行きですか」って、必ず聞いてから乗っていた思い出がありますね。そういうのがあって大津線にも愛着あるんかな、思います。
もちろん、いい場所だと思いますよ。まずは、通勤通学の人が住むところ、ベッドタウンやと思います。もうひとつは今でも観光なり何なりと云う部分はあると思うんですよ。お寺だってたくさんあるし、船乗ろうと思たらミシガンとかビアンカとかあるし。ひとつの街にふたつの部分があるわけで、どっちを発展させるのかとか、どういうかタッチで力入れていくのかをちゃんと考えないといかんのかなと思いますけどね。 いま、浜大津あたりは寂しいですねえ。でも、じゃあそんなに行かないかというと、そうでもないですけどね。年間70日くらいはアーカス行ってますし、ツタヤは結構行きますから。 自分の頃はそれが普通だったんですけどね。三井寺駅を降りて、坂を上がって、商店街から丸屋町を抜けて。今はそういうことをしはらへんし、自分自身がそうするかって云われるとしんどい部分がありますね、確かに。 |
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| 現場で感じる歴史 | |
「回峰行と聖地葛川」という、正統派の展覧会です。延暦寺の関係で歴史のある場所なんですけど。
あとは直接、鉄道関係を展覧会でやる以外にも、石坂線とかは史跡がたくさんありますから、そういったモノを少しでも知ってもらえて、ウチも京阪沿線の建物ですから、近辺の史跡を廻ったりもう少し積極的にやっていきたいと思てるんです。展覧会やってるときには「ウチに来てくださいよ」ってやり方じゃなくって、いろんなやり方考えて。
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