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o2talkタイトル 素敵なゲストとの硬軟とりまぜた楽しい語らいのひとときでおくつろぎください。

ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。

第12回: 末富孝也さん
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第9回: 三宅一朗さん
第8回: 岡田妙さん
第7回: 安楽好正さん
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第3回: OGGさん
第2回: 高阪真希さん
第1回: 篠原資明さん

keihan-o2.comの読者の皆さまの中には、普段は石山坂本線を走っている600・700形電車が、数年ぶりに「おでんでんしゃ」「でんしゃ de Beer」として京津線・四宮まで入線していることをご存知の方もおいででしょう。そして2月26日に第2回の「おでんでんしゃ」が走ります。

この「おでんでんしゃ」「でんしゃ de Beer」の主催団体が石山坂本線の辛口応援団こと「勝手に京阪いっさか線学会」。「いっさか線ブルース」のCDの発売元もこのいっさか線学会です。久々のo2talkは、いっさか線学会のリーダー格として、長いこと大津を舞台に多様な活動をしておいでの、安楽好正さんをお招きしてお送りします。

12月26日、京阪電車 浜大津事務所にて
インタビュアー=黒田一樹(京津文化フォーラム82 専務理事/芸術監督)

「ワシらの電車や、大津のすごい財産や」
安楽好正さん

いっさか線学会が掘り起こした、電車の魅力

−「勝手に京阪いっさか線学会」を思いついた経緯を、改めて教えてくださいませんか?

おでん de 紋付
2004年の「おでんでんしゃ」(運転士:堯部精晃)でごきげんな安楽さん。
2002(平成14)年やね。新聞に大津線の将来について報道があったのがきっかけやね…大丈夫かな、と。廃線なるかもしれんとか何とかいう報道は2003(平成15)年の暮れやったなぁ。
ちょうどそのすぐ後くらいに、FM滋賀に行く用事で、錦駅で幼稚園児が帰るところに遭遇したんやけど、あの豆みたいな子らがホームにいっぱいおるのを見たんや。それが発端やね。そんときはまだ車掌さんいてはって。それからしばらくしてワンマン化されたけど、駅員さんがおるようになったんで、あの豆みたいな子らも安全に通えてるわけやな。

−ステーションスタッフが来て、本数も増えて駅に潤いが出た、車掌いないのは淋しいけど、車いすの方などにも好評とのことです。

それに僕は運転免許を持たへん人やし、やっぱり環境にも優しい公共交通と云える訳よ。「いっさか線は大津の宝や」云うことで、発足のシンポジウムを立ち上げたわけです。新聞報道あって、すぐ動きはじめた。それが2002(平成14)年の9月。

安楽好正(あんらく・よしまさ)

 1947(昭和22)年1月1日(!)大津生まれ。
  イベントクリエーター・プランナー・広告制作業。
 父は鹿児島県出身で警察官から労組幹部という経歴。多感な少年時代、メーデーの先頭に立つ父をまぶしく見つめていたが、家庭の中は常に火の車だったという。平野小学校から打出中学で野球部に在籍、左腕のエースで主将を務めたが、シゴキ・体罰などを廃した「民主的な」野球部を企図して弱体化、市内ではほとんど勝てなくなる。
上のレベルの野球を目指した高校で挫折、定時制高校に編入すると共に、好きなデザインの道を志して同時に専門学校で学ぶ。
広告代理店に勤務後、大阪でデザイン会社(株)キックオフを独立開業。業容も拡大し順調に歩むが、95年倒産。失意のうち帰郷。現在はフリーランス。
 「大津の町家を考える会」「勝手に京阪いっさか線学会」と精力的に大津の街に関わる。大津市在住。

勝手に京阪いっさか線学会

−その後の活動をおさらいしてみましょうか。

2003(平成15)年の2月に県の総研の下請けで交通社会実験に協力して、「でんしゃで会議」をやったのね。イベントの電車を走らせたのは、それが初めやな。
「京阪を利用した、こういう電車の使い方もあるねんで」って、もちろん京阪の協力ナシではできへん。アイディアと説得できるだけのモンがないと。汗も流さなアカン、いろんなこともせねばアカンけど…。

−ともあれ、こういったアクションがきっかけで何らかの機運は生まれました。

でんしゃで会議
勝手に京阪いっさか線学会の貸切電車「でんしゃで会議」。坂本にて。

非常に前向きに京阪も取り組んでくれはる訳やし。だから大津線感謝祭にしても今は2年目かな、相当な人気。もっとずっと前からキッチリとした準備をちょっとづつでエエからやっていったらもっともっと大きなイベントになるやろな。

−ほんとですね。貸切電車が走る、関心の高い人が集まる、と云うだけでなく、びわ湖はもちろんのこと、いっさか線自体が大津の「街の顔」であると、改めて認識されてきている手応えがあります。

そんなのも市民に働きかける、語りかけていくと云うことでっしゃろ。ともあれ、大した会議ではなくても、もの珍しさがあって、何十年ぶりに大津線に乗った人とか云う人も居てはった。

−多かったですねぇ。乗られていないもんなんだなあ、と。

あまりにも身近にありすぎて存在そのものが忘れられてたのが、そもそもの記事を見てから、機会あるたびにやね、「5回クルマに乗るのを4回くらいにして、1回でも電車に乗ろうよ」云うのをいろんな場所で発言したり…。

−外部の人間から見ると、大津線ほど乗りやすく、全体として早くスムーズに移動できる路線は珍しい。
普段お乗りの電車がどれだけ便利で魅力的なのか気がついていないんです。こんなにもったいない話ってありませんよ。おばけが出ちゃう。

社内もね、木村さん以下、「ワシらの電車や」って云うのが皆さんに浸透してきたんとちゃうかな。凄い財産やし、エエ方向やと思う。
あちこちの地方鉄道とかは、赤字になったら普通は本数減らしていくわな。そんでもって最終的には廃線とか云う絶望的な記事見たことあるやろ。アレと全然違うもんね、ここの性格はよ。7分に一本やで、こんな便利な電車はあらへん。
いろんなことやりながら、ここまで来た。今は階段の踊り場みたいなところかな?これから下がってくのか、上がるっていくのか…微妙なとこやろ。これからも活動を続けてくことによってやね、もっともっと上がってったらええなあ、と思うわ。

大津線感謝祭
2年目にしてすっかり人気を集めた大津線感謝祭。

−鉄道がスタンドアローンな巨大ターミナルから、シームレスなネットワークの時代へと変化してきているので、そのネットワークを上手く「ワーク」させてくれればいいんでしょうけどね。

あと京津線。僕ら京都には、JRでなくて京阪で遊びに行ってたのね。それは新京極だったり、四条河原町。遊びに行く、映画に見に行くなんて。
一番通ったのは二十歳くらいの時。東山三条で降りて、6番の市電に乗り換えてデザイン学校行ったけどね。多分タラップが降りてた思うんやけど。
だから値段もさることながら、京津線をちょっとづつでもね、あの4両の、最高級電車でしょアレ、もったいない。あんなエエ電車はないらしいですやん。

上栄町の800系電車
ホントです。京津線の800系電車は、日本屈指の高性能を秘めた「高級車」なのです。どうぞご利用ください。

安楽流まちづくり

−安楽さんの活動には、まず電車ありき、と云うよりも街への視点がありますね。

僕は電車ヲタクでもなく、「大津の町家を考える会」を8年前に立ち上げた。街の活性化のツールとしていっさか線はあると思うんやね…ホンマは活性化云う言葉は好きやないんやけど。京阪も旅行客が増えれば、街ん中も賑わいを呈すやろ、と。それは今でも変わってないし。まちづくりを考える上で非常に大事なことやからね。

−云うなれば公共交通は、街の血管ですものね。人を運び、街を活性化させる。

鎌倉物語
江ノ電の取り組みを視察に、鎌倉に視察旅行に来た安楽さん始め、勝手に京阪いっさか線学会のメンバー(鎌倉であることは写真では全く分かりませんが…)。
そやね。キーとなる浜大津が元気になってもらわんとアカンやろし、ここやっぱり中心やからね。いっさか線の中心やし、大津の中心でもあるし。
ただ最近、中心部は土地の売買とか進んで、いわゆる古い家がまた相当ぼこぼこ潰れてる。経済は割に影響するもんで、5年くらい前まではそんなことあらへんかったのね。
それは大津をどういう街にしたいんかって云う基本的な提案みたいなモンがないからやと思う。何か、そのへん何とかならんのかなぁって思うで。

−まちづくりにヴィジョンがなければ、法整備も意味がなくなってきますね。LRTの議論もありますが。

いっさか線学会の座長を務めてくれてはる滋賀大学の山崎先生が土地の買収は要らんように、環状線で、時計の反対回りの市電みたいなやつを考えてくれはったことがある。環状線やから一車線でええ。外国の街でようあるやつやそうや。金土日は車乗り入れ禁止にして、駅はぎょうさん作たらエエねん。その中で町家を活かして、レストランをポツポツやって…。これやったら大した工事要らんやろ。ええと思うねんけどなぁ。

−いいと分かっていてやらないと云うことは、実に硬直化した組織によくある話です。

いまある何某を利用して街を活性化する。大きなモンを建てるわけにいかんしな、ここにある資産云うたら、古い、落ち着いた街並みやもん。それを利用して何かを始めるのがええと思う。今現在で20件くらいは、ホンマ潰れたら困るような立派な家あるよ。それは早う手ぇ打っとかんと、建物って、消えたらナニ建ってたか分からんようになるねん。初めの頃は僕も一杯写真撮ったりしてるけど、それも潰れたら分からんねん。

−建築の記憶は意外と残らないものですね。既視感まで奪っていく。

いっさか線ブルースと大人のライブ

−去年は「おでんでんしゃ」、2回目の「でんしゃ de Beer」に引き続き、「いっさか線ブルース」のCDが出ましたね。

いっさか線ブルースを持つ安楽さん
「『いっさか線ブルース』買うとくれや〜」
爆発的に売りたいんやけど(笑)、なかなか難しいわな。ほぼ1000枚売ったかな。この前も近畿ラジオで宣伝してきたけど、ミニライブを商店街でやったんですよ。盛況やってん。60人くらい来た。そういうゲリラみたいなことをやりながら。

−活動してるんですね。こちらのヴィジョンは?

「安楽堂」云う、大人のライブハウス作ろと思う。ワシらの世代、大体ギター握っておる。そういう子らが、グループ組んで発表の場を欲しがっとる云うのは…そんだけ余裕出てきたんやろと思うけどね。ミニライブでそれがよう分かったわ。だから「いっさか線ブルース」だけではなくってね、いろんな発表の場があって、ちょっと酒呑んで。
やっぱり、生でエエ音楽聴いたりしてお酒呑んだら旨いし、それも「安楽堂」にしたいね。ジャズバー安楽堂。みんなで歌うたら…歌声喫茶という発想は嫌いなんけど。

−参加型ですか。

「いっさか線ブルース」の販促企画みたいにはなるんやけど、はじめて生で歌を聴くって云う70くらいのおばあさんやな、OGGを相当すぐの距離で見てるんですよ。うっとりではないんやけど、ビックリしたみたいな感じでじっと見てはるんですわ。歌の下手、上手いもあるやろけど。
まさにね、リアルタイムで歌うとる奴の隣でおばはんが聞いて、「島倉千代子ショー」みたいので遠い席で見ているのはあるやろうけど、「ワタシ初めてこういう場に来て」云うのがありありと分かる表情してるワケで…「ああああぁ」云うて手ぇ叩いてはる。よかったなあ思たし、そういう活動通じて、今年もやってきたいな。
そういう意味では京阪沿線。ミニライブは膳所の「あかねや」云う喫茶店でやったんや。そのリベンジマッチで浜大津やね。

ライブ活動に出没するOGGさん

大津線ファンクラブの夢

−さて、今年の抱負ですが…。

もうちょっと広い「ファンクラブ」をこしらえたいね。1000人くらいの規模で、間口の広い…。ホンマにNPO法人を立ち上げるかとも思う。ものすごうエネルギーいるけどね。いっさか線のことだけやなく、沿線のまちづくりや文化みたいなもんもやったらええと思てんや。
ただ、それをするエネルギーが今んとこ僕にはない。去年の7月から「初老人性鬱病」やねん。

−えっ、ご病気なんですか?

俺が勝手に云うとるんやけどな、このワシに「老人」云うのはあまりにもかわいそうやろ。

−なんだよ。(笑)

ともあれ、そういう組織は必要やろと思てるからね、市民のファンクラブを目指してより大きな組織にするとええねん。それが300人、500人クラスの規模やったらね。今年はそれに向けて動こうかと思とります。大きな組織でね、緩やかなファンクラブで京阪や行政に対してある種発言力を持てるようにすればどうでしょう、ね。


 パワフルな活動をしてきた安楽さん。京阪電車の応援団長として、時には辛口のご意見もいただきながら、今後も「勝手に京阪いっさか線学会」の活動から目が離せません。安楽さん、今度の「おでんでんしゃ」で美味しいお酒を呑むのを楽しみにしていますよ!

次回のo2talkもどうぞお楽しみに!


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