6月4日、人気の「スルッとKANSAI Bトレインショーティー」が各社局から発売されます。京阪電車では、この「Bトレインショーティー」京津線800系電車がぴったりフィットする手のひらサイズのオリジナル「ぷちらまトレイン」をあわせて発売します。関西の鉄道シーンを初めて再現するにあたっての苦労話やジオラマの魅力など、鉄道ファンからビジネスパーソンまで楽しめる話を、ぷちらまの制作元で、日本を代表するジオラマ・精密模型製作会社、ディディエフ社長の三宅一朗さんに伺いました。
5月17日、DDF本社にて
ホスト=沓澤 隆(NPO法人 京津文化フォーラム82)
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| 「京阪やファンの人たちの想いを理解しなくちゃ、『泣かせる』ジオラマはできないよ」 |
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三宅一朗さん
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大津・メイド・イン・チャイナ |
−Bトレインショーティーが人気商品として定着していく中で「ぷちらま」を初めて拝見したときに、こんな面白いものが世の中にあるのかと…。単価は低くても、DDFの屋台骨を支えるまでに育った感じですか?
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| 「業務用の仕事も多いんですよ」 |
ぷちらまはぷちらまで楽しい商売だけど、業務用の仕事も実は多いんです。土木関係、自動車組立、製紙プラント模型、免震マンション。舎人新交通の駅の、地元への説明用のものも作っています。地下鉄博物館に納品した1/20の模型もそうです。20m車だから、1mか。中国で作ると日本の1/3くらいの値段でできる。
−スタッフの中には相当器用な方とか、絵心がある方がいらっしゃるんでしょうか。
いますよ。原型師もいるしね。日本は10名。スタッフ要員としては、制作の工房で、ものづくりに長けてる人。営業はものを売る側にいて、経理や発送などを、副社長以下、パートの女性がやってくれてます。あとは上海に事務所長がいます。
−京阪から受けた、ぷちらまの制作プロセスはどんな塩梅だったんでしょうか。
東京と関西を行ったり来たりしてる企画会社の「想月堂」ってところからオファーがあってから、イラストで提案をして、その後、試作に入ります。社内や社外スタッフ、JAMなどに出て自分の作品を発表したりもする原型師もいて、その一人一人に得意分野がある。
その原型に基づいた製品を中国で量産します。日本で作っていたらとてもこのコストではできない。ウチ以外にこんな作り方しているとこ、ないんじゃないかなぁ。
−そうなんですか。
ジオラマはどこで作るかって云うと…。
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| 「上海で生産しているメーカーって、ないんだよね」 |
たとえばブームは少し下がってるけど、食玩を作りたければメーカーさんは海洋堂に行くよね。ハセガワやタミヤも食玩に参入している。こう云うパーツを並べて、背景をつけて箱に入れるとジオラマになっちゃう。これを「成形品ジオラマ」って云う。これだと大量生産はできるんだけど…。
でも本質的にジオラマは成形ではできないんだ。少量のロットで受けるところがないんだよね。鉄道車輌模型なんかも中国で作ってるけど、基本的には同じ広東エリアの工場で作ってる。ウチだけは上海。大手の中には上海で作ってる会社、無いんですよ。
−どうして上海に?
中国には建築模型作っている会社が大小数百社あるけど、上海にはその中でも割と大きな会社がある、そういうところから仕事先を選ぶ。
いろいろ使ってみたけど、使えるところと使えないところがある。情景を作る会社、船舶専門の会社、プラント模型専門の会社…そういうところを足で稼いで探すしかない。それを取捨選択してく。そうするとウチのニーズにあった会社が出てくる。それでレール付きのものを作れるか、訊いてみる。同じようにフィギュアを作れる会社を見つける。
それを探し出すまでが大変。探し出すと今度はクオリティの問題。中国の場合は特に納期、ね。
−ただでさえタイトだったのですが、反日デモの影響で、工場でサヴォタージュなんかあったらアウトですから、本当に冷や冷やしましたね。
そう。で、納期は大事だって話も、その都度中国にしている。そうでなくては、模型であっても、ちゃんとしたものは、現地で指導していかないとできないんですよ。そこで苦労してんのよ。「工場出しましたが撤退しました」ってのは実はそういうとこなんだ。
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| 「発注先に至るまでコンプライアンスを遵守しなくちゃいけない」 |
いくつか課題を出しても、基本的に彼らは「大丈夫、問題ない」と云う。「全然大丈夫だ、任してください、没問題」ところが…そんなん信用しちゃダメだ。納期からなんからバラバラ。どうしたら中国に対してTQC、クオリティコントロールができるか。それからコンプライアンス、法令をちゃんと遵守しなくちゃいけないと云うことを指導しなくちゃいけない。で、どうしたらいいかって云うとやっぱり、足繁く通うしかないのよ。顔見せて、チェックして…。今は画像もあるから、それでやり取りもするけど。中国には日本語もできる事務所長がいるんだけど…。
−あ、三宅さんが中国語をしゃべるんじゃないんですか。
そりゃ単純な中国語はできますよ、「ビールが呑みたい」とか。でも、仮に僕が中国語ができたとしても、北京話でしかない。ところが上海人は、大事な商談は上海語でやるのよ。広東人は大事な商談は広東語でやる。
だから、中国で貿易をする鉄則は、中国語ができる人間と云って連れて行っても絶対にダメ。結局外人が話しているのと一緒になっちゃう。鉄則は上海でやるんなら上海人の通訳、広東でやるんなら広東人の通訳を連れて行く。そして日本で暮らしたことがあったりする、日本のことがわかる通訳でないとダメ。
ウチの事務所長は以前日本で暮らしていたから、日本に対する理解度もある。そういう人を見つけないといけない。それがわからないと、最終的には撤退することになっちゃう。
僕はこの仕事初めてもうすぐ十年、そうしているウチにそういう人脈を見つけた。中国人は、いっぺんちゃんと仕事をして、ちゃんとお金を払ってくれる人だとわかったら、結構協力してくれる。お互いに疑心暗鬼だったら商売できないじゃない。けれども全部任したら…こちらが出した指示を守らなかったりするから、一週間に一度とか、担当者を常駐させなくちゃいかん。
−PDCAサイクルの「チェック」「アクション」をこまめにやらなくちゃいけないんですね。
実際、ジオラマは多少融通が利くんだよ。だけど、走らせるレイアウトを作ると、「走らす」という遊びを彼らは実際にしてないから…。たとえばカーブが急すぎて、急カーブでフランジが当たっちゃってスピードが落ちたりする。トンネルの側壁に当たっちゃうからね。
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三宅一朗(みやけ・いちろう)
もともと模型を含む鉄道趣味人だったが、1994(平成6)年に英国の夫妻に自作のジオラマを送ったのを契機に、1995(平成7)年からジオラマディスプレイの製作を事業として営み始める。
1998(平成10)年、大学卒業後20年以上勤めていた販売促進の会社を退職、有限会社ジオラマディスプレイファクトリーを設立、2001(平成13)年、株式会社ディディエフへ改組。同社は「ぷちらま」シリーズがヒットを呼んだほか、業務用精密模型の受注などで業績を伸ばしており、2003(平成15)年には直営ショップ「だいおらま」を本社のある東京・蒲田にオープンした。
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| 直営ショップ「だいおらま」とDDFのWEBサイト。 |
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| 「こういうの、いいよなあ。みんながジオラマを楽しめる」 |
それは遊んでないから、そう云う事情がわかんない。実際、鉄道模型を趣味としてやる人たちは、ヨーロッパではイギリスとドイツが圧倒的に多いよね。ドイツなんか、これ見てごらん、移動式のレイアウトを積んだクルマが巡回してくるんだよ。こういうの、いいよなあ。
−軍事面の問題があるからでしょうかね。韓国もそうですが…。
韓国のことはわからないけど、中国は沿岸部、相当の金持ちとかはわからない。中国の人口が13億、0.1%で130万人。日本の金持ちも130万人くらい。そういう人たちは鉄道模型のマーケットたり得るかもしれないけど、現状ではまだそういうマーケットは実際には…皆無だね。
ただ、模型店はずいぶん増えてきてるんだ。タミヤの工具とか売ってるんだけど、そのタミヤをコピーしたものが、すぐ横に置いてある。星が4つくらいついてる(笑)。いろいろなメーカーが中国のコピー産業に影響を受けちゃってて、大変な思いをしている。
−なるほど、たしかに。そうかもしれませんね。
ウチは逆に中国のコピー技術を利用している。日本でモノを作って持っていって「同じものつくりなさい」と。原型と全く同じモノができる。それが皆にとってみると、一種の驚嘆になるんですね。日本の原型師に「二つ作りなさい」と云ったらできるけど、350個同じモノを作りなさいと云うと誤差が出てくる。
−ハンドメイドですものね。現場では実際何人くらいで作ってるんですか?
中国は150人くらいの工場。最初はアパートの一室で15人くらい。それが50人くらいの工場になって、次の工場は100人くらい。今は200人のキャパがあるところで150人くらい。実際にモノを作る、本当の制作は100数人。コンピュータの技師や設計をする人もいるけど、基本的には10人一組のチームで、2チームで一つの製品を作り上げていく。
基本的な作り方は、原型を持っていって、ばらして、あとは人海戦術。バックになる部分など、CADで分析して型抜きしてるから、全部手作業ではないし、信号などはレジンキャストで作ったりしている。
気をつけなくちゃいけないのは、日本のメーカーさんのものそのまま持ってくとそのままデッドコピーされるから、できるだけオリジナルにしてる。コピー技術が高すぎるんで、そこを注意しないとコンプライアンスの問題に引っかかっちゃう。はじめの段階からオリジナルにしておけば、いくらでもコピーしといていい。誰にも迷惑かけないから。
−デフォルメのチェックを入れなくちゃいけないんですか。
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| 上はドイツの風景。レイアウトカーが巡回してきたり、街の中にコインを入れて遊べるレイアウトがあったりする。下は大津線感謝祭でのひとコマ。このレイアウトで、週末に浜大津で運転できます。 |
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ずっとこの仕事やってるけど、コピー技術だけは…ますます進化してるね。サンプルで持ってくと、車両も作っちゃうくらい。ほら、この東急5000系なんかは承認とってるから、いいんだけど…。それもできるだけ相違点を探してチェックしてあげないと、問題になっちゃう。
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| こうしてできたのが…京津線・上栄町です。雰囲気出ているでしょう? |
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コピーの技術は見事、実にすごい。だから法令遵守もしてあげないと、コンプライアンスの問題に引っかかる。恐ろしいよ。ウチなんかは逆手にとっているけど、逆手にとられた方はたまらないよね。バイク、車だってコピーするでしょ? ホンダなんかコピーした会社を買収しちゃったけど、その気持ちはわかるよね。
−中小企業も、否、中小企業こそコンプライアンスは大事ですね。大手は一回くらいしくじっても、びくともしないかもしれないけど、中小企業はそれこそ吹っ飛んでしまう。コンプライアンスを守らない企業に制裁を下すのは今や、監督官庁ではなく、何よりも「市場」ですからね。
ウチは中小企業だけど、大手から請け負ってる仕事が多いでしょ、玩具にしても。ただ単純に来たものをコピーをする、というのは避けなくちゃいけない。どれだけオリジナリティを出すか。ぷちらまなんかはその点、オリジナリティあるよ。
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| これは、サンプルを元に見よう見まねで中国の工場が作ったそうです。東急5000系の張殻構造などの特徴が的確に表現されています(ただし、走りませんが…)。 |
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10年間のサクセスストーリー |
−起業にはリアルさとともにロマンもあるでしょう? この商売って、どういうきっかけでお始めになったんですか?
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| 「ちょっとしたプレゼントから事業が始まったんですよ」 |
1994(平成6)年3月21日に日本の情景を、兄嫁のイギリス人の両親夫妻にプレゼントした。今からすると相当チープなものだけど、彼らにしたら手作りだったから嬉しかったんじゃないですか。製品化されているものを買おうと思ったんだけど、なくてね。製品化したとしたら、今の言葉では「癒し効果があるんじゃないか」と思いました。
−そのとき、お仕事は?
俺? 販売促進の会社にいたよ。大学卒業して23年くらい、営業10年、営業企画5年、あとはインセンティヴ事業部で、第二電電、資生堂、松下電工なんか担当してた。
この写真は、池北線の置戸に1987(昭和62)年、会社の出張で行ったとき。そのときにはこんな商売やるとは思ってなかったけど、心象風景として残ってるの。
九州や北海道出張は飛行機が許されてるから、女満別から帰ってくればいいんだけど、こっちは時間もあるし、当時、携帯電話、ないじゃない。単線だから、2、30分も駅で待たされるのよ。外に出て駅舎を見たり、跨線橋写したりする。僕は鉄道好きだし、模型も乗ることも好きだし。
そのときの心象風景を元に仕事をした。だから、北海道だろうが、九州だろうが、いくらでもシーンが浮かんでくるね。これを作ったのが1994(平成6)年。
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その後に銀座の伊東屋にいた担当者がバイヤーになって、「ウチにも作ってみませんか?」と。多少新しい商品もやりたかったんじゃないか? 一年後、1995(平成7)年の4月くらいに作り始める。そのときは会社員、趣味の延長で、事業になるなんて思っていなかった。完全に心象風景、それをデフォルメしてジオラマにするわけですよ。写真として撮っといたものを作っちゃあ出して。2ヶ月くらい全然売れなかったのかなあ。そろそろ引き上げようか、なんて云っていたけど、夏休みになってからぼつぼつ売れ始めた。1万5千円くらい。伊東屋の8階でね。ヨーロッパ風のジオラマを作るのがうまい親父が居るんだ。売らないんだ、その親父。見せびらかすの。「ジオラマは売るもんじゃねえ」なんて(笑)
だから、ウチのスタッフの、アルバイトなんて、俺が作ってたなんて知らないのよ。「あ、社長、作るんですか」って。じゃあ最初に誰が作ったんだよ(笑)
−事業の小さな一歩ですね。
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伊東屋…銀座にある大型の文具・画材店。マニアックな品揃えや輸入物にも強いことで知られる。 |
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東急ハンズの渋谷に入ってる会社の社長が昔、模型問屋のセールスで銀座方面を担当してたんだ。銀座の伊東屋に、たまたまウチの商品を見つけて「なんだこれは、ウチにも来るように云ってくれ」って。その年の末くらいに渋谷に入ったのかな。
次は、オープンする新宿店のバイヤーが渋谷を見に来た。で、渋谷はテナントだったけど、新宿はテナントでなくてハンズの本体に入った。そのときはサラリーマンだったのよ。売り上げは年間80万くらいかなあ。サラリーマンの小遣いとしては悪くない金額だね、休みの日とか使って。ただそれで間に合うくらいの数だった。
新宿店がオープンしたのが1997(平成9)年。作ったらね、結構喜ばれてたんだよ。ストックヤードに20個くらい作ったのかな、一生懸命、徹夜しながらさ。オープンに間に合わせて納品したんだ。そうしたら、半月くらい経って電話がかかってきた。「ジオラマの様子がおかしい…生えてきた」ってんだ。いやそりゃリアルかもしれないけどさ、そんなはずないって。
行ったら、カビみたいな、キノコみたいのが土手から生えちゃってさ、胞子みたいのが入っちゃって。ボンド水溶液で固定してたんだけど、ケースでフタをすると、ボンドが固まるときに温度が上がるのよ。それが照明に当たってうまく繁殖培養されたんで、エラいことになっちゃって、まあそれはそこでしのいだんだけど、こりゃまずいな、と…。それが分岐点、どっちかだね。この仕事辞めるか、会社を辞めてジオラマに徹するかだよ。まあ、自分の人生だから、そこで起業したわけだ。それが1997(平成9)年。
静岡のホビーショウに出たのは1996(平成8)年がはじめだね。WAVEブースの中にジオラマ4点を展示してもらった。当時ジオラマの展示は少ないようでしたが、KATOの担当者の目にとまって、KATOブースを訪問するきっかけになった。
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KATO…TOMIXと並んで、日本の鉄道模型をリードする横綱的存在の企業。ただし、TOMIXが総合玩具メーカーのトミーグループ内にいるのに対し、KATOはより専門職の強いメーカーである。 |
−いよいよこの辺からサクセスストーリーの始まりですね。
サクセスしてるかどうかはわからんけどね。97年の10月に会社にした。退職金ってのは、三十年以上勤めると急速に上がるんだけど、微妙に少なくて、数百万。備品買ったり、パーテーション作ったりしてすぐ飛んじゃった。
これじゃあ人雇えないじゃない。爺さんを二人雇うワケよ、シルバー人材を教えるのよ、鉄道の知識。「これが新しい生き甲斐だ」とか云って。
鉄橋渡った出口に腕木信号をつけるんだけど…当然右側に着いてる。運転席は左側なんだから右には着かない。爺さんわかんないんだよね、鉄道のことが。最初の半年くらいは一生懸命やるんだけど、どんどん忘れていく。忘れ方が半端じゃないんだよね、伸びてかない、若い人と違って。
それで今度はジオラマが作れる、職人みたいな人を呼んできた。そうすると今度は、挨拶ができない。人が来ても「いらっしゃいませ」とか「こんにちは」とか…モノ作りに没頭しちゃって。
今回、京阪のぷちらまを担当した今の営業係長なんか、四、五代目ですよ。「DDFは人がころころ変わる」なんて云われてたけど、まあしょうがないよ、過渡期はね。これから先あんまり動いちゃうとまずいけど…まあ、そういう風にしてだんだん形になってきた。
あと、ここは自社ビルだけど、うちの親父って絵描きなんですよ。親父が亡くなって、親父のアトリエで仕事をしてた。爺さん雇ったときに、初めて下に降りてきた。それからテナントが出ていく度に拡張して、今ではテナントは全部出てっちゃったけど、倉庫が足りなくなったんで倉庫を借りてんだけどね。
当初は自分の机とテーブルがあって、ぐるっと見回すと全部材料がある。そうなってないと作れないのよ。それからだんだん大きいジオラマを作るようになって、仕事がぐんと増えたのは松屋の鉄道模型ショウに出てからだね。第21回、1999(平成11)年。KATOがウチの仕事を評価してくれて、推薦してくれて。
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誰にでも喜ばれるジオラマ |
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| 「オレンジカードにはヒントが詰まってる」 |
これ、なんだかわかる? …ジオラマを作る大事な資料。
−オレンジカードですか。
オレンジカードってのは、ジオラマを作るのに大事な、おいしいシーンが集まってる。使用済みのオレンジカードが安く手に入る。ジオラマを作るにあたって、非常に大事なバイブルなんです、僕にとって。何度も出てくる景色はジオラマにしても風光明媚だし。
−鉄道事業者イチオシってわけですね。
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カタログの中にも、日本の有名な場所のジオラマを模型にしちゃえば、それなりに。一番定番でずっと続いているのは、碓氷峠の橋だよね。あそこのジオラマは4、50台。今でも碓氷峠鉄道文化むらに置いているから、頼まれればあそこと同じものを作ってる。
−その碓氷峠と同じスペック、66.7‰が京津線にあったんですよ。
今はないの?
−廃止されましたが、61‰は残っています。
そうなんだ。こういう文化って日本独自のものだと思うのよ。作り手としてはその中に図柄を落とし込んでるわけだから。ぷちらまトレインを作るのでもアイディアになっていると思う。
−ところで、三宅さんのお話を伺っていて、戦略的な中国での生産もそうですが、単なる模型好き、鉄道好きにはとどまらないビジネスパーソンらしさがありますね。それはマーケティングの世界にいらしたことが大いにバックグラウンドになっているようですね。
販売促進の会社にいたから、模型業界はマーケティング、広告、宣伝、販促とかは戦略的ではないな、と感じていた。企業向けのインセンティヴに行く前はスーパーマーケットの仕事をしてたから、ものを売るって現場にいるのはすごい好きなんだよね。
どうやったら、ものをどうやって売るかとか、お客さまのクレームをどう受け止めるかとか…。お客さまに近いってことは、クレームが発生する可能性が高い。鉄道模型なんかは思い入れが強いから、一言ある人が多いじゃないですか。
この路面電車シリーズも面白いんだよ。この京都市電の2000形も6両しか作ってないのに「2007」って出ちゃってる。幻というか、そもそもにおいて存在していない。2006号は今も健在で、広島か岡山か、どこかで走ってるんだけど…。
今回のプチラマにしたって、京阪の気持ちが入っていくんだよね。その人たちの気持ち、想いを理解しなくちゃいけない。
−京阪の担当者も喜んでましたよ。「相当の仕上がりや」ってえびす顔で。
バスなんか、はじめ鉄道のアクセサリーだと思っていたけど、バスマニアは…「濃い」んだよね。最初わかんなかったんだけど、バスの好きな人って、観光バスって興味ないんだよね。高速路線バスとか、鉄道と同じで、時刻表を元にちゃんと定時で運行してないとダメなの。(笑) 観光バスみたいにあっち行ったりこっち行ったりしてちゃダメ。だからはとバスなんか、意外と人気ないのよ。
−あ、そうなんだ。
バスコレってのはウチが当初、福知山でレイアウトを作ったときに、地元のバスのカラーで駅前に並べたら「どこで売ってるんだ?」って質問攻めにあって…。
マーケットあるのかな、と思って白いバスを大量に交渉して買って、トミーにパッケージも作ってもらって、それを今度中国に持ってって塗らせる訳よ、「あくまでもイメージでいい」と。カラーリングだけ代えて。俺は鉄道模型のアクセサリーのつもりで作った。…違うんだよね。文句云ってくる。大阪に行くとドアの位置違うじゃない。「乗る位置が違うよ、関西はうしろにあるの」と(笑)。そんなこと云われたってこっちは…そんなこと僕は知らなかった。
それでも結構ね、売れたんですよバスが。それをトミーのパッケージの担当者が、「そんなに売れるんだったら…俺んとこでやる」と。(笑) 貸し作ったかな。ま、ウチはほとんどの会社と仕事してるから、早めに情報を入れてもらってるし。
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| 碓氷峠のジオラマ。下は京津線・蹴上−九条山間の66.7‰および大谷−上栄町間に健在の61‰。 |
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車両も今、有井があれだけ力入れてやってるから、ウチはジオラマに特化しようと。今年の静岡には車両は一切出してない。ディスプレイ用は別として。
−社名からして「ジオラマ・ディスプレイ・ファクトリー」の頭文字ですものね。
そういう意味では、俺も販促の出身だし、模型を企業向けの仕事とかに向けてくのが今のスタンスなんだよ。この京津線のぷちらまも企業向けの商品なんだ、京阪電車という。京阪だけではなく、関西の各社で制作できたら面白いけどね。
−ほんとですね、Bトレインショーティーは各社一斉に発売しますから。出す予定なんかはないんですか?
今回間に入った企画会社の「想月堂」に、他の各社にも営業に行ってくれるように頼んでますよ。ウチじゃわからない関西のこと、よくわかってるし…。
−京津線が関西の第一弾ですが、他のところで出たらコレクションとしてもいいですね。
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| 「ジオラマには、持っている、と云う活きた実感がある」 |
今、DVDディスクなんかもらってもあまり嬉しくないでしょ。どんなにDVDのものをたくさん持っていたとしても、蒐集をしてることはしてるけど、アナログ的に一回、画面にしなくちゃ出てこないじゃないですか。だから、質量、質感というか、自分のものにしてるという感触が出てこない、ちょっと足りないんだよね、いまいち、デジタルもんは。画面も、どんなにデータが入っていても、形になっていないから…。
ところがこういう「モノ」は、限定商品も多いし、数百個しか作ってないとそれなりの価値が出てくる。中国で百個単位で作ろうとすると、広東省では10000個とか云う単位だから、数百個単位では作れない。10000も売れるもんじゃないし。
−実際、今回も限定300個ですね。中小企業にとっての「大ヒット」は定価で全部売り切ることです。
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有井製作所…もともとはプラモデルメーカーだったが、1990年代後半から鉄道模型に力を入れ始め、急速に成長する。2004(平成16)年に社名を鉄道模型と同一ブランドの株式会社マイクロエースに変更。 |
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中国の工場も、多品種少量生産でもやろうというのは…OEMの数がそれだけ増えてきたんだね。彼らも仕事が欲しいんだよ。はじめは多めに吹っ掛けてくるけど、長いこと仕事をやってると手の内がわかってくる。ウチは支払いの信用もあるし、一緒に商売をやってれば、多少なりとも潤ってくるのがわかるんじゃないの。
−つきあいが長くなってきたようですしね。
まあ、流れ的には今後は、業務用のジオラマだね。業務用のお客さまは、間違いなく増えてる。静岡のホビーショウでも、ウチみたいなジオラマ作ってると、お見えになる企業は本当に多種多様。そういうところで新しいジオラマを作るんだ。最近ではトヨタレンタリースのジオラマや、はとバスの定期観光バス、これなんかバックは東京駅だから、鉄道マニアも欲しくなる。2002年のメルセデスベンツのクリスマスヴァージョンなんかも商品になってれば、天賞堂の45周年もそうだし…。OEMは事例が事例を呼んでくるんだよね。こういうのもらって、怒る人いないでしょ。
−企業のノベルティとしてもチャーミングです。本当に販促を長いことやってらした経験が活きていますね。
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| Bトレインショーティーとセットになった長門本山駅。 |
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鉄道好きな人は基本的には2本の鉄道線路が入っていればいやされちゃう。写真だけだったり、乗るだけだったりする人も、こう云うのをいざ見たら「いい」と思う。ジオラマってのは「立体静止画像」だからね。
−意外と女の子にもウケるんですよ。「可愛い!」とか。
ぷちらまはそういうのがあるね。チョロQも食傷気味だけど、チョロQトレイン用のぷちらまもあるんだよ。…こんなんでいいんだよね。こう置いちゃえば新宿駅だったり、新岐阜だったり。変にここでレールにしようと思っても、載らないんだから、下は印刷で。邪道かもしれないけど、十分だよね。通常では作りづらい横並びでも作れる。
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| チョロQも、「ぷちらま」の手にかかれば…。 |
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卓上京阪電車をかわいがってください |
−下栄町をここまで表現できたポイントはどこにあるのでしょうか?
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| バックに京津線を走った電車たちが走るパッケージ。 |
イラストレーターと原型師に依るところが大きいね。あとは、パッケージ。パッケージの力もあるね。今回は仲介役の企画会社、想月堂がデザインしたんだけど、パッケージデザインがずっと進化したね。Bトレインショーティーにこだわるんじゃなくて、グリーンマックスの600形も置けるし、可能性を広げるという意味で、昔の600形の写真と今の800系の写真を置いて、80形・500形・600形・700形・800系の各形式を線画で配した。
−苦労したポイントは?
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| 試作品に乗った、グリーンマックス社製600形。 |
中間に入った想月堂がうるさかった。(笑) 想月堂の社長がマニアで、広告の出身だから細かいんだ。京阪の要求に輪をかけて細かいことを要求してくる。(笑) でも、とにかく必死だったね。雪の日に日帰りで大津まで往復して、運転台かぶりつきと、外から見たのとをビデオ作ってネットで見せてきたり…。
僕は鉄道マニアでもあるからこだわることは大いにいいと思う。楽しみながらモノを作るってやり方はやってるんだけど、これが京急だったら自分で理解できるからいいんだけど、手に取った人が「すばらしい」と思わせなくちゃいけないから。
−その結果、京阪も喜んでいます。
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| 「ライティングしたり、信号を点灯させたり、雪を降らせたり、いろいろ遊べますよ」 |
あれもこれも表現しようと云うんじゃないんだ。ジオラマは「表現する技術」じゃなくって、寧ろ「デフォルメする技術」なんだよね。山崩しゲームみたいに、どこまでとっても「下栄町のエッセンス」として瞬間的に見た人に「下栄町」とわからなくちゃいけない。…これだけのスペースで表現しなくちゃいけない。知ってる人はわかる、それだけの「泣かせる」ジオラマに仕上がったと思うね。
−他に秘話とかはありますか?
場所を下栄町にする前は、山科の築堤とか、いくつかの場所をピックアップしてきた。はじめは上関寺国道の踏切の予定だった。このテーマも面白かったけど、複雑すぎちゃって、あまりにも盛り込む要素が多すぎて、このサイズには入らない。次に社内アンケートを採ったりして下栄町に落ち着いた。
−そうなんですか。最後に、「ぷちらまの楽しみ方」を伝授してくださいませんか?
会社にちょっと置いといてもいいのよ。エグゼクティヴの机の上にもいいよね。「隠れ鉄」みたいのはいるもんだからさ、男同士だけど盛り上がったりする。あと、ライティングしたり、雪を降らせてみたりしてもいい。楽しめますよ。いろいろ遊んでみてください。
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| イラストの中間案。概ねの構図が決まり、試作品を待ちます。 |
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