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| ホーム > o2talk > 福井美知子さん |
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素敵なゲストとの硬軟とりまぜた楽しい語らいのひとときでおくつろぎください。
ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。 |
| 第12回: 末富孝也さん | |
| バックナンバー | |
| 第11回: 福井美知子さん 第10回: 中井保さん 第9回: 三宅一朗さん 第8回: 岡田妙さん 第7回:安楽好正さん 第6回: 神田浩さんと膳所高校書道部の皆さん 第5回:上田良平さん 第4回: 木津勝さん 第3回: OGGさん 第2回: 高阪真希さん 第1回: 篠原資明さん |
2005年の京阪電車を彩る一つのトピックは、日本初のアートトレインが各駅のアートを結んだ「石坂線文化祭」でしょう。その「石坂線文化祭」を主催した「石坂線21駅の顔づくりグループ」の代表、福井美知子さんにお話を伺いました。自分たちで、みんなで創る芸術作品が、街の大動脈である石山坂本線を行き交い、街をつなぐことで、大津がみずみずしくなってゆく喜びを共有する。点から線へ、線から面へと夢はますますふくらみます。ホスト=橋本光弘(NPO法人 京津文化フォーラム82 理事長) |
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| 「市の事業への子どもたちの参加を大切と受け止めてくださったから、市民団体と企業と学校が上手く調和した」 | |||||||
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福井美知子さん
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点から線へ、そして面へ |
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ええ、住まいはずっと大津。仕事はデザイナーをしています。
そこで出た意見が「コミュニティをデザインする」という提案書としてまとまり、2002(平成14)年度はその中から実現できるテーマのひとつとして「京阪石坂線」を選び出しました。その過程で京阪の木村さんや「いっさか線学会」の安楽さんとお会いしたわけです。
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福井美知子(ふくい・みちこ)
「石坂線21駅の顔作りグループ」代表、「美ジュアルコミュニケーション グループふき」主宰、世代間交流スペース「町のオアシス」代表。デザイナー、イラストレーター、染色作家、市民活動おばさん。 生まれも育ちも大津、現在も大津に在住。地元高校卒業後、大学・専門学校は京都、勤めは大阪。現在も大阪の繊維メーカーでユニフォームデザイナーとして従事。 1992(平成4)年、大阪のデザイナーグループで、びわ湖の環境問題に関わったのがきっかけで、地元の種々の市民活動に関わる。主な活動に、世代間交流スペース「町のオアシス」、ビジネスマンの文化祭「中之島界隈のアーティストたち展」、大津市市制100周年に「大津絵あかり」、滋賀県21世紀記念事業「紫式部からのメッセージ」など。提案・企画・運営、総じて市民参加型の文化イベントの企画運営をつみかさねている。
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その次の2004(平成16)年、大津市の「まちづくりパワーアップ夢実現事業」に応募、「点から線へ、そして面へのまちづくり」というキャッチコピーと共に沿線の中学校に声を掛けまして、さらにひろがり、展示駅は7つになりました。「コミュニティプラットホーム交流会」、つまり参加した学校の生徒さんが交流する場も明日都で持ちました。 21駅の顔づくりを達成するために今年度も「夢実現事業」にチャレンジするにあたって、各校の生徒さんや先生方から、「こんなことがしたい」「こんなことができたらうれしい」という提案をたくさんいただきました。それらを「学生たちからのビデオメッセージ」にしてプレゼンに臨みました。
仕掛け人は私も含む「21駅の顔づくりグループ」ですね。昨年よりもバージョンアップして「点を線に結ぶ年」と位置づけて、固定した駅と走る電車を融合させて、タイトルは「石坂線文化祭…14.1km 日本で一番細長い美術館」としました。
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| まぁ、元々線路があったからこそですが。3月に明日都浜大津で「コミュニティプラットホーム交流会」をしたとき、ゲストに黒田さんを呼んで、海外の事例なんかを紹介していただいて…。
学校の先生たちからも「こういうこと、できたらいいなぁ」って云う話で盛り上がりました。そんなんで話は進めやすかったですよ。 |
黒田さん…黒田一樹(いつき)・NPO法人 京津文化フォーラム82 専務理事兼芸術監督。大学で美学美術史学を専攻し、現在は広告・経営コンサルタント会社を経営。 ゲストスピーカーとしての講演の様子と、そこで紹介された海外事例(韓国・光州ビエンナーレ)。
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日本一細長い美術館、だからこそ |
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もし京阪がなかったらあかんかったでしょうね。大津も石山や、膳所や、と地域ごとにコミュニティーができているんですが、細長い町の端から端に背骨のように石坂線があったからつながったんですね。
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今回かかわってくださった人々も多すぎず少なすぎず。電車装飾部分のディレクター役を担ってくださった黒田さん、成安の学生もそうですが、みんな自分の分をわきまえて、役割をきちっと果たせたことが短時間であったけれど結果を出せた原因だと思います。
権威でもなく、市民団体でもなく、別の世界から突然やってきた、まさに宇宙人みたいな存在。出発式や交流会での、天から降ってきたような「超」がつくハイテンションの中高生への呼びかけ声は、彼等の表情が「劇場」で「観客」から「主人公」に代わっていく呪文、そんな感じを受けました。 美術だけではなく、電車のことも詳しい点からも、中高生や大学生に対しても、きっちりと主張を押し出す黒田さん。独自の第三者的立場から今回のことにかかわってくれたのも成功の理由のひとつだと思います。
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そうですね。難しい美術ではなく、近所の知っている子が作った作品だから身近に感じてもらって親しまれたんだと思います。人気ありましたね、女子高生川柳なんか。場所を変えて展示したときも、お客さんが「あ、電車にあったやつや」と、みなさん覚えてらっしゃる。 私は期間中、ほとんど毎日乗ってたんですけど、日に日にカメラを持った人が増えてきたように思いました。最終日に出会った人にこの文化祭のことを紹介したら、時刻表をみて「今から乗ってきます?」って。後日出会うと「乗れてよかった!」と云うてはりました。
ちょっと待ったら来るしね。
これはこれで今年の文化祭の流れを継続させて、駅の掲示を通して地元の生活に溶け込ませられたらいいなと思っています。やはり「続ける」云うことは大事ですから。
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つながってゆく空間、時間 |
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私の生まれたところが石坂線の沿線で、カンカンと踏切の音がかすかに聞こえるところでした。石山で勤めている父が夕方家に帰ってくるときに、毎日妹弟と3人で駅へ迎えに行ってたんです。京阪のガタンガタンていう音と踏切の音がして、「京阪の音」=「お父さんが帰ってくる音」って云う感じでした。寒い日は改札の駅員さんが、狭い改札のボックスに入れてくださって、火鉢にあたらせてもらいました。「3丁目の夕日」的な、あたたかい想い出です。大きくなってからも京都に映画や美術館に行ったりするのに京阪使うてました。 でも、あまりにも身近すぎて…。「いっさか線、いっさか線」という安楽さんと出会わなかったら京阪電車のよさに気が付かなかったかもしれないですね。
「いつまでも少年の心を持ち続ける人」ですね。よく云えば、ですが…(笑)
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京阪の社員さんも地元出身の方が多くて。車庫で文化祭号を飾り付け中のことでした。瀬田工のLEDを使った作品は、2日ほどで電池が切れるらしいんですけど、「毎日列車を動かし始めるときに電池を点検、セットせなアカン」云うことで、「どうしようか」となって…作品数も20個以上あり、電車の始業のときも忙しいですから。
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今回気づいたのは、どこの学校も女子が多かったということですね。書道でもブラスバンドでもほとんど女子。まぁ、文科系のクラブだからそうなるのかも知れないですけど。
駅での作品掲示活動や、花壇のメンテナンスは、日々の積み重ねで地味なものですが年に1回、その活動を披露する「ハレの場=文化祭」があるということで、地味な作業にも意味が見出せる。年間通した活動は見る人にもまちづくりなど、いろんな想いを抱かせると思います。
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