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ゲストが「私なりの大津線の楽しみ方」をそっと教えてくれるかもしれません。

第12回: 末富孝也さん
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第三日曜日の「浜大津こだわり朝市」は、すっかり浜大津名物として定着し、毎月大勢の方でにぎわっています。金曜日から日曜にかけては、浜大津駅の「暮らしっく広場」がオープン。京阪電車グッズの販売や、県下随一の鉄道模型レイアウト運転コーナーが好評を集めるほか、有機栽培の農作物や、無添加のパンなどをメインに販売しています。この「暮らしっく広場」や「こだわり朝市」を運営しているのがNPO法人「HCCグループ」。HCCとは何のことなのか、代表の末富孝也さんにお話を伺いました。

ホスト=黒田一樹(NPO法人 京津文化フォーラム82 専務理事兼芸術監督)

「『今の暮らし、おかしいんやないですか』云う想いを発信していきたい」
末富孝也さん

ゼネコンから建築へ、そして暮らしへ

-HCCグループは何屋さんなのかよく分からない。そもそも末富さんがよく分からない方なんですけど(笑)、どういったバックグラウンドをお持ちなんでしょうか? 

よく分からないでしょうねえ(笑)。実は、一応、ネクタイしてたんですよ(笑)。ゼネコンにおって、元々技術屋で、専門は土木なんです。最終的には営業部長でした。バブルが崩壊して、ある意味では「会社のため」のビジネスマンが「業界全体のこと」を考えたり、いろいろあって7、8年前に55歳で「俺の哲学とは違う、もう辞めた」と。 

-なんと。それでNPOを?

コンサルタントをやろうと思てたんです。僕の得意は土地開発なんで、 土木の国家資格も持ってますし、「まちづくり」の設計なんかやったりしてた。それを「自分の好きなようにやってこか」云うことでやり出したんです。
でも、そのときは、もうちょっとカッコつけよて、いきなり「コンサルタント」云うんではなく、「住まいの相談所」を、県の住宅課にいた人たちを集めて作ろとしました。行政と何回も話し合った。 「それだったら弁護士会、建築士会も入れましょ」と、社団法人を作ろとしたんですよ。ところが「小泉改革」の中で、「そんなモン要らん」云うことになりまして…。

「株式会社でもあるまい、NPO法人作ろか」云うこと になりましたけど、1998年に出来たばっかりやったんで、その時分にNPOなんて知ってるヤツおらへんさかいに…。東京にある「シーズ」に、いろいろ問い合わせた。そうこうしているうちに淡海ネットワークセンターが出来まして、県にも「立派なまちづくりやぁ」なんておだてられて、それでできたのがHCC。 

-HCCって、何かの略ですよね?

HCCグループ理事長 末富隆やさん
「『建築の改善』から『住まいの改善』、そして『暮らしの改善』と変わってきたんです」
House Counselor Consultantやったんです。相談所しながらコンサルタントやってて、それは今も続いているんです。地震診断などやっている。とにかくそれで建築士、土木、設備とか技術屋ばっかり 、仲間を集めようとしてたら、当時は「NPOやったら…県はようやらん」と(笑)。それで県からは補助をもらって、2年くらい続けてたかな。でも、そんなことしてるうちに、「つまらんなぁ」と思い出したんです。

一つは、飽きっぽいから(笑)。もう一つは、素晴らしい家があっても、隣にゴミ捨て場があったり、変な人が住んでたりしたらどうにもしてあげられないですからね。最初は「建築の改善」やった意識が、「住まいの改善」、そして「暮らしの改善」と変わってきた。

末富孝也(すえとみ・たかや)

NPO法人 HCCグループ代表。大津生まれ、大津育ち。大学卒業後、ゼネコンに勤務し、土木技術や設計、営業などを担当したが、55歳の時に退職。

1998年、NPO法人「HCCグループ」を設立、理事長に就任。以降、住まいや暮らしのカウンセラーとして活躍のかたわら、2004年には浜大津駅に「暮らしっく広場」をオープン。ほかにも、第三日曜日の「浜大津こだわり朝市」の開催、さらに明日都浜大津の「市民活動センター」の運営など、精力的に活動中。

「HCCグループ」のサイトはこちら。
HCCグループ

-なるほど。「暮らしっく広場」の雰囲気に近くなってきましたね。

「暮らしの相談」になって、NPOに主婦が入ってきたんです。でも「普通の主婦」じゃなく、環境系の「濃い」人が多かった。そこで、「環境部会」云うの作ったんです。「福祉部会」云うのもあった。2級ヘルパーとかが相談に乗るんですよ。ほかにも、ネットワークなり、住宅環境なりもやりました。バリアフリーとか、シックハウス症候群の問題も来たから、そういう仕事もしてます。そして建築も「まちづくり」云う方に転換してったんです。

そしたら県が乗り出したんです、3年前にやっと (笑)。「湖国住まいまちづくり推進協議会」という県の団体が出来ました。そこには、やっぱり建築士や、建築関係の団体が集まっている。私、一応副会長ですから、偉いんですけど…(笑)。今は建築の相談はそちらでやってて、コンサルティングはHCCでやっています。

暮らしっく広場
浜大津駅の「暮らしっく広場」は金土日にオープン。

浜大津名物、こだわり朝市

-京阪電車との関わりは?

県の「企画調整課」ってところで「大津・志賀地域まちづくり協働会議」をもたれたんです。そこで、年上だから座長になったんです。その時に木村さんも呼ばれた…それが京阪との出会い。ちなみに、そこに安楽さんもいた。京阪電車も大津市の立派な資産だ、と採り上げた。

-それが「暮らしっく広場」のルーツなんですね。

「暮らしを変えていかなあきまへん、本当の家づくりをしなければアカン」云うことで、発信するステーションを持ちたい。NPOはお金がないですから、もともとHCCも自宅兼事務所でやってました。でも、人の家に入るのは来にくいんですね。

そしたら、借り手がいないけど、浜大津駅の倉庫はとにかくいい場所や、と。さらに、どうやら錦織車庫に立派な鉄道模型が眠っていることも分かった。

そこで、「暮らしっく広場」の運営はそこだけでペイさせようと云うことで、「我々がこの電車を動かしましょう、それなら宣伝にもなるし、京阪のグッズも売りましょう、京阪はお金一銭も要りません」云う企画書を作って、バーター取引をしました。

-そうだったんですか。賑わいを作ってはいると思いますし、模型電車の評判もいいようですが、HCCとしては成功したという感じですか?

相談に来る人もいますよ。どっちが得したかは別として、両方とも満足したかなあ、と思てるんですよねえ。

レイアウト
暮らしっく広場のレイアウト
06年大津線感謝祭
浜大津駅の「暮らしっく広場」にある1.8m×3.6m、6車線のレイアウトは、大津線感謝祭でも大人気。5分100円(カメラ付き200円)で運転できます。京津線800系などのオリジナル車両も!

-さらに「こだわり朝市」に繋がっていくんですね。

ルーツの知れているものを流通させたい、と思ったんです。今の流通の仕事は非常に制約がある、そうすると自然栽培なんかちょっとやそっとで出来るもんやない。無農薬野菜やったり、びわ湖の魚やったり、自然栽培の人に「きちっとした流通」を作ろうとするとそうなった。手っ取り早い流通実験になる。

-今では結構なお客さまが集まっているんですね。

たいしたこと無いはずなんですけど、それなりに賑わっている。最初は600人だったのが、現在は1500人、2000人になった。今まで何もないところに、何かがある。それだけで目立ってる感じがするわなあ。常連さんは地域通貨で払ってますね。 

−「ほっこり」ですね。

草津の「おうみ」という地域通貨の役員をやってるんですけど。そのノウハウを大津でやっているだけです。それが「ほっこり」になって。「ほっこり」は会員の親睦券みたいになっている。ウチも時々スローライフの講座、フォーラムをやるんです。それの講師に来てくれた人にも「10ほっこり」=1000円。怒られそうな金額やと思うんですけど、怒られたことないですね。まんざらでもないみたい。貯まったら、お米買えたりするわけです。

-苦労話も多かったんじゃありませんか?

実は、商店街から最初は総スカンだったんですよ。「自分たちの客を取られる」云う危機感からか、セクショナリズムはいろいろありましたよ。でも、朝市も僕らには発信するための道具であって、相手によってものを変えるだけ。大津市に対しては「地域活性化」、京阪には「協働」。目的は「今の暮らし、おかしいんやないですか」云う、僕らの想いを発信していきたい。

それで、こだわり朝市に加えて、廃れゆく日本の技術、伝統を集めていこうと、「手しごと市」を7月からやってます。手作り品でもなければ、工芸品でも、芸術品でもない、でも100円ショップでもない。お椀とかザルとか、布とか、「飾るもの」ではなく「使うもの」を30点くらい集めて連動して、そのノウハウを聴いたりもしてます。

こだわり朝市
こだわり朝市
こだわり朝市
こだわり朝市
喫茶コーナーも
すっかり定着し、賑わいを見せる浜大津こだわり朝市。

House Counselor ConsultantからHumanlife Culture & Communicationへ

-建築や暮らしと云ったテーマはともかく、この行動力や発想力の源は、会社員のバックグラウンドとはちょっと違う気がするんですが…。

実は小学校3年から23まで、娘が学校行かなかったんです。それで自分で教えようと。ええ加減な教え方で、未だにサインコサインとか知らない。でも、出張とか、いろんなところ連れてったり、いろんな人に会わせたりしたんですよ。「インドに学校作ろうってヤツおるで、会いに行こうか。女房の後輩やけど」と会いに行ったり。うちの子は不登校やったんけど、人に会うのは不得意ではない。それがきっかけで、それまでの知識、価値観じゃなくて、娘と一緒に学んだ。それがベースになってるんです。

余談ですけど、娘がある時不登校を題材にした「学校」という詩を書いて、それが発展していって、今から考えたら、結果的に娘は山田洋次監督の『学校』を書いたんです。「今、山田さんと食事してる」云うくらいどっぷりハマって、大船撮影所の最後まで居る。彼女はそれで、ものすごく自信がついたんで物書きをやっていますけど、良かったかなあ。

いろんなことを学んで東京におって、「渋谷から日本を変えよう」なんてグループに入っています。

-今は若い人のボランティアへの参加意識は非常に高いですね。阪神大震災や、ネットの時代を経て、この10年で大きく変わった現象ではないでしょうか。

若者を十把一絡げには出来ないとは思うんです。意識が高いと思います。HCCにも20代、30代が入ってくる。若い人が自分から飛び込んでくれた。僕らが引き入れたわけではないと思う。我々から見たら世間知らないんやけど、その中で一生懸命、今の世の中を考えている。考えない奴はいっぱいおるけど、考えてる奴が結構入ってくる。

それは京阪のおかげやな。「何してるんですか」云うて、HCCの活動に関心を持ってくれる。ホンマ、あの場所は良かったなあ。

渋谷駅前
若者のムーブメントの発信源のひとつ、東京・渋谷駅前。

-大津の中核ですからね。もっと浜大津が盛り上がるといいのですが。

本当に上手く考えれば、面白いものが大津でも出来ると思うんですけど。でも、一つにまとめたらあかんのです、NPOは。多様な NPOの中の、緩やかな連帯ができればエエなあ、と思うんですけど…。 「ネットワークセンター」も、HCCが明日都浜大津でお手伝いしてる「市民活動センター」もあるしね。ネットワークセンターは官で、 こっちは民でやってる。マイナス面ばっかり出てきているような気もするけど…(笑)

それにしても、いきなりNPOやるつもりは全然無かったのが、だんだんカッコよくなってきたかな、なんて。NPOという組織は、時代に合うてたんでしょうね。

-これからはHCCはどんな展開をするんでしょうか。

暮らしっく広場にて、HCCグループの仲間たち。
「雪の中で地酒を愉しみながら語るのも楽しそうですね」
グリーンツーリスムもやってます。他にも着々と何をしようか考えてますよ。余呉町の廃校になった小学校を拾ってきたんです。もんのすごい木造建築。素晴らしいんです。大正か昭和か分かりません、云う建築が、豪雪に耐えている。ホンマ素晴らしい。ステンドグラスが施しあったり、ものすごく凝ってるんです。「これはゲットしたい」と思ってね。

そこで団塊の世代で地酒を呑みながら、人生を見つめ直し、これからの人生を語って、考える塾を作ろうかなあ、変わった仲間が多いですから…。秋に入って、雪が降ったら3ヶ月ぐらいは出てこられへんてなことを考えて(笑)、企画しながら、もうじき企画書まとめて持って行こかと思ってるんです。

−会社員時代よりもなんだか充実しているんじゃありませんか?リタイア後の余暇、なんて云うレベルじゃありませんよね。

セカンドライフなんて意識はなかったけど、結果的には良かったなあ、と思ってます。そう、「ライフ」とはまさに「暮らし」、ソフトなんです。「暮らしの改善」云うテーマは「今の暮らしはおかしいやないですか」云うことを訴えながら、ある時にHCCを変えた。今の HCCは、Humanlife Culture & Communicationなんです。

-なるほど。Humanlifeですか。

造語で「Humanlife」という言葉を使てる。一つのことではなく、大きく捉えて、やってこうと思てます。「何やってるか分からん」、それで上等やん。実際、さっき云うたように、今までは友達だけだったのが、若い人が入ってきています。「入れてくれ」という若者が増えてきた。それが素晴らしい。HCCも彼らに託してこうかな。HCC自体は、無くなっても続いてもエエねんけど…。そりゃ続いていったらエエに決まってるけどね。その代わり、刺し子で手仕事でもやりたいんですけどね。「あれは私が初めてやったグループやなァ」云いながら…(笑)。


建築から始まり、住まいへ、暮らしへ展開したHCCグループ。例えば、京阪電車の宇治駅を担当したのは、食器のデザイナーからインテリアデザイン、建築家となった人であるように、「建築」と「暮らし」は密接な関わりがあります。その中で、人々が暮らすステージである街をもいきいきさせ、本当に豊かなLIFE-生活そして人生-を送るための装置となるべくHCCグループは活動しています。ぜひ、第三日曜日の「こだわり朝市」、そして毎週末の「暮らしっく広場」を訪ね、湖都・大津における「人間らしい暮らし」を考えてみてはいかがでしょうか。

次回のo2talkもどうぞお楽しみに!


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